麻雀打ちの頁/雀のお宿

大型チェーン店の進出が寄与する数多くの麻雀文化の伝播。鹿児島県鹿児島市天文館の記憶。

公開

みんなが西郷さん

みんなが西郷さん

天文館

広告

 卓に付いた途端に下家が
「焼酎、くれ~」
 と声を上げた。
 それを聞いてスグに対面と上家も
「俺もー」
「こっちもねー」。
 下家がイッキして配牌を取り終わったと同時に
「焼酎、おかわり」。
 ここは居酒屋ではない。麻雀クラブだ。
 それも『マナーを重んずる』フリー雀荘の筈なのだが、何故かどの客も焼酎を平気でがぶ飲みしている。この土地の人々が総じて酒に強いのは知っていたがこれほどとは思わなかった。
 私も負けじと注文した。
「ジンジャーエール、おかわりー」。

 全国チェーン店の大衆フリー雀荘が鹿児島にもオープンしたと聞いてやってきた。店長は中州店で知っていた奴なので、彼に久しぶりに会うのも目的の一つ。
 JR西鹿児島駅から路面電車に乗るのが一番便利だと電話で聞いていたのだが、知らない土地で初めて利用する交通機関というのは少し不安。システムがよくわからないことが多いからだがここのは簡単だった。
 電車はスグに街の中心部に入り私が思っていた以上にそこは都会だった。中でも最も賑わいのある場所のメイン通りの、映画館やパチンコホールが並ぶアーケード街の一角にそのクラブの看板はあった。
 エレベータを降りて半分の階段を昇ると広い店内だった。

 普通のルール、つまりアリアリの麻雀というものはこの土地にはまったくと言っていいほど無かった筈だ。ある意味では、このクラブが新しい文化の発信地であるわけで、客は皆とまどいながらも楽しんでいるように見えた。
 楽しんでいるのはルールだけでなく、クラブ側が客に強要するマナーに対してもだ。発声ははっきりと、打牌はお静かに、オシボリを頭に乗せないで、足を組まないで、どれも地方のクラブには存在しなかったマナーではあるが、そういった一つの文化に浸ることの心地よさは確かにあり、うまくこの土地の客にも受け入れられているような印象を持った。
 麻雀の成績の方はよく憶えていない。
 しばらくしてやってきた店長と目が合って、彼は少ししてアガリが深夜の一時だと言った。
 県の条例が厳しく十二時以降の風俗営業はほぼ完全に禁止されている。私はホテルでマッサージを頼み、時間を潰した後、一時少し前に街に出た。すると通りは人が溢れ帰っていた。皆、飲み屋から追い出されたのだろう。そして赤ら顔の人達の風貌がどこか似たような感じなのに気付いた。眉が濃く、目がくっきりと丸い。
 みんな、西郷さん顔だったのだ。

 店長と一緒にメシを食うことになり、彼は深夜でも開けているスナックに案内してくれた。
 同じチェーン店の他の店と違って、早番遅番が無いので、朝から夜中まで店に出ずっぱりで体がキツイと彼はこぼしたが、そのくせ私が入った時にいなかったのはどうしてだと尋ねると笑ってごまかした。
 公安関係の規制が厳しいせいで、逆に新規のクラブにはつきもののトラブルなどはここでは一切なく、たぶん順調に客は増えていくだろう。だけど自分は早く東京に戻りたいとも言った。
 当たり障りのない相づちを繰り返して、私が彼に聞いたのは、この土地の別の雀荘に入ったかということだが、彼はまだどこでも打っていないと答えた。

 次の週にまた顔を出して夕方あたりまでそのチェーン店で時間を使った後に、あたりをうろついた。
 アーケードを通りすぎて百メートル程歩くと、左手に看板が見えた。
 鹿児島で見つけた初めてのスポーツ雀荘。
 4000 点持ち/マルA千五百円/Bトップ千二百円。今の私にはちょうどイイ具合のレート。
 ガラス張りの小さなビルの一階の喫茶店の横の階段を上がると四卓しかない狭いスペースにそこにも西郷さんが何人かいた。

「初めてなんですが、ここで見てていいですか」
 私が卓に付くのをためらったのには理由がある。ここのルールを完璧に把握してでないと危険を感じたのだ。
 金銭的な面でなく、マナー上あるいは規則上のポカを自分が犯す可能性は、初めてのクラブではいつも付いて回るものだが、この土地の言葉に私が全然耳慣れていないので、ポカを指摘されてもその返答を理解できないかもしれず、そうならないためには、ルールを逐一頭に叩き込んでおく必要があるのだ。
 場ゾロが一飜付いているので満貫が 4000 点、役の種類は普通と変わらない。
 一気通貫と全帯么は食い下がりせず、海底摸月はあるが河底撈魚は無い。一盃口はあるが二盃口はなく七対子は五十符一飜。清一色と混老頭は無条件満貫、チョンボは半満貫(2000 点、荘家なら 3000 点)払い。赤ドラは門前でのみ一飜/副露時は何のオプションもない。
 立直後の流局時のみ手牌公開の義務があり、待ち牌はなくとも面子が完成一歩手前であれば良い。
 これだけのことを把握した頃には既に九時を回っており、私の持ち時間、JRの最終便までの時間がそれほど残っていない事態になった。それにここは鹿児島市内なので深夜営業の可能性はまずない。
 丁重に挨拶して一局も打たずに駅に向ったが、来週もまた来れば良い。
 人生いたる所に青山があり、私の行く所フリー雀荘がなくなるとは思えない。

ピックアップ頁