麻雀打ちの頁/雀のお宿

雀荘経営の素人がおかした失敗とその波紋。福岡市中央区渡辺通の記憶。

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キャバレー跡の大型店

キャバレー跡の大型店

清川

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「M商事のHさんから、お電話です」
 職員から電話が回ってきたが、M商事という名には憶えがない。
 出てみるとそれは、大型クラブのオーナーからであり、そのHさんとは確かに名刺を交換したことがある。彼の用件は、次の麻雀大会の人数の確認だった。午後一番に表稼業の事務所に連絡をくれるなんて、Hさんにはまだ少しばかり、麻雀荘の経営者らしくない常識が残っていそうだ。

 数週間前から大きなクラブを探していた。
 この街で最も大きなクラブというと、中華料理店のビルのフロアが有名であり、地元の組合の大会では昔からの定番の場所なのだが、残念なことに日曜日には開けておらず、知り合いを通じて料理店に交渉に行ったが駄目だった。
 少なくとも八卓以上が次の大会には必要であり、そして駐車場もあって、尚かつ低料金でなければならない。料金に問題が無ければ話は簡単なのだが、その大会は若いネットワーカーの集まりであり、私の周りの若いネットワーカー達は総じて雀荘の料金にうるさい奴等ばかりであり、今回の大会は他の地方からも多くの参加者が来るのだから、ちょっとくらいは我慢してくれ、という私の頼みにも耳を貸してくれない。たかだか雀荘の貸し卓料金なのだから、私の自腹でも構わないのだが、どうにもそれはよくない、というような認識は共通しているので、なかなか厄介なのだった。

 クラブMは元々大きなキャバレーだった。
 ダンスフロアがあり、専属のバンドがいて、テレビに出演する演歌歌手やムード歌謡の歌手などがステージを務めるとても大きなキャバレーだった。
 私は一度も足を踏み入れたことはなく、風俗店で遊べる年令になった頃には、もうキャバレーは無くなってしまい、一部のマニアのためのダンスホールとして細々と営業を続けていただけなのだが、最近はそのホールとしての営業も止め、何年か前には地元紙で「キャバレーMの灯が消えた」という記事を目にした。
 そして、そのMが先日、麻雀クラブとして新装開店した。

 一つのフロアに持ち点表示機能付きが五十卓並んでいるのも壮観だが、ここのウリは何と言っても広い駐車スペースだ。駐車場としても営業しており、その料金も周囲と比べて低く、そして麻雀客は当然のように無料というのが嬉しい。
 従業員は多いのに、その他のサービスが決して充実しているとは言えないのは、経営者が麻雀荘を知らないからだというのは一目瞭然だ。時々、こんなクラブはあって、そしてそのほとんどは客が居着かなくなって寂れてしまうのが常なのだが、ここの場合は企業としての経営体力が強そうなので、少しずつ麻雀荘としてのノウハウも貯えていける可能性はありそうだ。

 ホールを仕切っているママさんに声をかけると、オーナーに紹介された。私の目的は、充分低料金なこのクラブに更に安い料金で遊ばせてもらうことだ。
 そして、この時初めて、キャバレーの時代からその経営者が変わっていないことを知った。
 オーナーは新しい商売の先行きに確固とした自信がありそうな風ではなかったので、私は口八丁手八丁でこれからの麻雀クラブのあり方や、これからの時代の麻雀というゲームの位置付けや、私自身の小さな活動や、企画している大会の格子などを、いくらか誇張も交えて説明したのだが、どの話にも興味を持ってくれたようで、私の本当の狙いの方にもそこそこの満足な結果となった。
 ただ、話をしながら、こちらが本当に不安になったのも事実だ。
 この人、あまりに何も知らなさすぎる。この分なら、もう少しウマくやれば、大会での料金をもっと安くできたかもしれない。

 大会は多くの参加者がいて、このサークルの主催するものとしては最大規模の大会にはなったが、案の定、参加者の会場に対する評判はあまり芳しくなかった。
 飲み物がすべて有料というのが問題だったらしいが、私は卓が新しいにも関わらず牌の汚れが目に付いた。牌の汚れといっても、ちゃんとセンパイはしてあるのだが、センパイが手抜きなわけで、表と裏しか拭いておらず、側面を無視しているのだ。ちゃんとしたメンバーがいないのだ。
 大会が終わった後も、そのサークルのメンバーと何度かここで卓を借りた。大会もその後、二三回はここで行われたが、いつのまにか別の会場に変わってしまった。
 個人的には、大人数でもなければ特に使いたいクラブとは言えない。このクラブとはこれ以上深い関係になることはないだろうと思った。

 しばらくして地元スポーツ紙に派手な広告が載った。
「あのMが**にもオープン」
 どういうわけだか順調に儲っていたのか、支店を繁華街に出すことになったらしい。しかも今度はフリーもやるらしい。
 もしかするとオーナーは最初からそうする予定で、手始めは無難に貸し卓だけの商売を行い、従業員の教育や、チカラのあるメンバーを用意してのフリー開店なのか。そうだとしたら、なかなかのものだ。少し見直したのも事実。
 さっそく、別の雀荘のマネージャーであるNと連れ立って、打ちに入った。
 Nにとって新規開店したクラブに足を伸ばすのは仕事の一部でもある。つまり偵察だ。
 私にとって、新規開店したクラブに足を伸ばすのは趣味、というより業みたいなもので、これは自分でもどうしようもないことだ。

 ルールはこの地方では昔からある標準的なものだったが、全然、面白くない。
 このルールでは、私もNも負けることはない。かと言って、大きな稼ぎになるわけでもなく、
「おいしい店だという気がしたんですねどねぇ」。
 Nは仕事を忘れて、かつてクマだった時のような言い方をした。
 このクラブの寿命は長くないというのが私と彼の一致した意見の一つだ。
 まず、メンバーが悪い。ちゃんとした人間をマネージャーとして雇っていない為にサービス全体にヌルイ部分があって、客の居心地は決してよくない。そして一番ヒドイのがメンバーが麻雀を判っていないので、これではたちの悪い客の思う壷で、そしてこの辺りには私もよく知るそんな奴等がうようよしているのだ。
 私は当分の間、この店から足を遠のけた。

 三か月ぶりに顔を出すと、一番奥の卓で、オーナーがサンマをやっており、その席にはそれとわかる風情のヤヤこしい客が付いていた。
 もう閉店に追い込まれるのは時間の問題だ。
 麻雀は現在、第何次だかのブームの筈で、真面目にやりさえすればクラブが繁盛する可能性はいくらでもあるのだが、このMのように経営者が不勉強ではうまくいく筈はない。
 ある意味で、淘汰の時代がやってきたのかもしれない。

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