麻雀打ちの頁/雀のお宿

早朝入った初めてのクラブにも自分の居場所を確認できた。

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ドリームつばめ

ドリームつばめ

天文館

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 あせった。
 明朝の遅くとも十時までには鹿児島市内に入らなければならないのだが足がない。
 乗用車やレンタカーを使えれば問題はないのだが、それはまずい。JRや高速バスの始発では間に合わない。せめてもう少し前に判っていたら、今晩中に今いる熊本を出てゆっくりと鹿児島の夜を過ごせたのに、これは私のチョンボだ。
 タクシーでは三万円を超えるだろうなと思ったら、気持ちが楽になった。夜中の二時少し前に熊本駅を出て、朝六時前に西鹿児島駅に到着するJRの特急を使うことに決めた。
 問題はどうやって時間を潰すかだが、選択肢は限られている。勿論、麻雀であって、本当の問題は卓が確保できるかどうかだ。

 熊本と博多を往ったり来たりしてる毎日の中で、毎週一緒に囲んでいながら、私が引っ越ししたことを知らない仲間は多い。距離的には東京静岡間くらいだから人によっては通勤圏内かもしれない。実際に居住するのは初めての熊本ではあるけど、麻雀のルールは変わりようもなく、バクチレートに手を出さない限り、どこでやっても普段の麻雀だ。恐ろしく強い打ち手に会えるでもなく、面白いルールに出会うでもなく、「百貫雀」なんてハンドルを知ってる奴もいない。
 大々的にチェーン展開を行っている有名雀荘であっても、地方に行けば行く程、客の平均年令は高いものだ。週の何日かを過ごす熊本の繁華街にある大型雀荘では、何も考えずに、誰にも気兼ねせずに麻雀が打てる。
 自分でも、ぼおっとしてるのは判っている。これが、一番嫌いな時間の過ごし方だというのははっきりしている。
 もっとドキドキしてなきゃいけないんじゃないか。ワクワクしたくて、いろんなフリー雀荘に顔を出してるはずじゃなかったのか。
 サラリーマン生活を始めたからといって、本当に決まりきった毎日を過ごしていたのでは、今まで費やしたいろんなものが無駄になってしまう。
 どこにもぶつけようのない苛立ちを感じている自分がいる。勝っても負けても、ただ結果としてそうなだけ。こんなはずではなかった。
 昔からの仲間がいるスポーツ雀荘や、若いネットワーカー達と囲む極悪サンマや、そしてノーレートでの緊張した戦いを渇望している自分がいる。
 旅に出ようと決めた。
 旅先でも機会を見つけて打とうと決めた。

 朝の六時に着いて鹿児島市内で打てる場所を確保するために、夜の内にNに電話を入れた。
 以前に比べていくらか緩くなったとはいえ、未だに条例の厳しい土地なので、早朝簡単に新規の客を招き入れる雀荘があるわけもない。Nは昔からの仲間で、私以上に『場』に詳しい打ち手で、彼の紹介なら不測の事態が起こっても安心だ。電話帳には掲載されていない電話番号をNに教えてもらい、朝、ツーコールすれば話は通ることになった。
 昼間でも夜間でも賑わっているはずのアーケード街もさすがにこの時刻ではほとんど人は見かけない。
 久しぶりの土地で、電話で教えられた店の前まで辿り着くのに少しもたついたが、若いメンバーはにこやかに私を招き入れてくれた。
 広い店内の奥に一卓だけ立っている卓。ソファーで横になっている客。ここでも同じ風景だ。
「すぐに立てますから」
 ソファーの二人と若いメンバーとで立てるつもりのようだ。
 九時を過ぎてからの半荘には付き合えないと私は断りを入れ、いつものように、どこでもそうであるように、当たり前のように半荘が始まった。

「発声は小さな声でお願いします」
 一瞬、何のことだか判らなかったが、まだ許可されている営業時間内ではないことに思いあたった。ということは、静かにしている奥の卓もセット卓でなく、フリー卓なのか。
「ええ、昨晩から続いてます」
 メンバーが卓の近くについてないのは、メンバーでさえも声を出せない以上、サービスの提供もしづらいからなのだろうと思うとおかしかった。サービスの行き届いているクラブは、そう言えばどこもメンバーがしょっちゅう声を出しているものだ。
 考えてみるとコーヒーにしてもタバコにしても必要であればこちらから声をかけるのだから、ご注文はよろしいですか、なんて言ってくれることもない。まして、リーチが入りました、なんて、耳障りなものだ。
 回りが静かなのは良いことだ。

 ルールはありふれたものだった。
 途中で、ホールに残っていた二人のメンバーが声を揃えて、しかも大きなボリュームで「お早うございます」と言ったのには驚いた。
「はい、今からは普通に、発声をよろしくお願いします」
 正規の営業時間になったということか。
 儀礼的な感じがして少し腹立たしい。

 半荘五回はあっという間に過ぎた。
 いくらか浮きはしたがたいしたものでもない。期待はしていなかったのに、メンバーの対応が心地よかった。
 抜けた後の卓を少しの間、観戦して、クラブを後にした。
 また来たいし、来れるだろう。土地の拡がりとは別に時間的な部分でも新しい住処を見つけたような気がした。

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