麻雀打ちの頁/雀のお宿

盆地という隔絶された環境が独自の麻雀文化を保っている街。宮崎県都城市牟田町での記憶。

公開

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灰の降る街

牟田町

 フリー雀荘と言っても小さな街だから数はしれたものだ。
 引っ越して来て約三ヶ月、週末の度に近郊の県庁所在地のどちらかまで足を運ぶのにも疲れてしまい、ようやく意を決してイエローページの「麻雀クラブ」の項目を開いた。
 市街地の詳細地図と電話帳の住所とを見比べて歩いてゆける位置のクラブを探そうと思ったのだが、市内全部でもたった十数軒しかない。
 仕方なしに、あ行の先頭から順番にダイアルを回した。

 冬のこの時期は桜島の火山灰が街に降ってくる。
 噴火そのものは年中のことなのだが季節によって変わる風向きのせいだ。
 この街まで届く灰は粒子が細かく、そうとは気づかずにいても知らず知らずの内に窓のさんや駐車している車の上に積もるのだ。
 盆地特有のしめつけるような寒気と桜島からの火山灰がわたしをいっそう心細くさせるようなそんな毎日、唯一の楽しみは休日の麻雀だった。
 二つの県庁所在地市内にそれぞれ二軒ずつのいきつけを確保した。アリアリが二軒とナシナシとスポーツ。アリアリは浮き沈みウマと順位ウマだ。それぞれ違う四つのルールのどれかを金曜日の夜から日曜日の夕方までかけて、寝る間も惜しんで打ち続けた。
 金曜日に動けない場合には土曜日の早朝、陽が昇る前に部屋を出て、列車に乗り込んだ。ただ麻雀をやるためだけに。

 問題は遠距離だったことだけだ。
 住んでいる街からはどちらの県庁所在地も一時間以上の距離にある。車でも高速バスでもJRでも同様にかかる移動時間はかなりの無駄なのだ。だからこの街でいきつけのクラブを作ろうと考えたのだが、今までそうしなかったのは、この街では「お一人様でも打てます」という看板を一度も目にしなかったからだ。
 知らない雀荘に電話をかけ、打てるかと訊ねるという習慣を持ってはいない。そんなことは一度もやったことがない。
 意を決して、というのはそんなわけだ。

 電話がつながらない店がいくつもあった。それ以上に、フリーはやっていないという店があった。
 クラブの項目の真ん中あたりでようやく、
「どうぞ、いらしてください」
 と、若い声で応えてくれたのが、幸運にも私が借りてた部屋から最も近い店タイショウだった。
「今はややこしい連中は出入りしてませんから」
 と、こちらが聞きもしないのに組関係の人間がいないことを伝えてくれたので逆に少し不安も感じたのだが、その男の妙に馴れ馴れしく明るい声に吊られて、場所の詳細を確かめたのは、金曜日の夕方六時を少し過ぎた頃だろうか。

タイショウはこの小さな街の唯一の繁華街の外れにある二階立ての建物の上の階だ。 階下はそば丼物の食い物屋、外に付いている少ししゃれたコンクリートを打ちっぱなしの階段が入り口に通じている。
「十八歳未満の方、泥酔者、及び暴力団関係の方の出入りを禁止します」
 どこにでもある看板だが、まだ新しい。丼物の器が積み重ねられている。少し重いドアを押した。
「電話頂いた百貫さんですね」
 男は電話以上に明るい声で、それに相応しい快活そうな笑顔で迎え入れてくれた。
 私はまだ少し緊張している。

 後でわかったことだが、この男がオーナー店長だった。
 店長はルールの説明を始めた。
 ご出張でこちらへ、などとどうでもいい話をおりまぜながら、ナシナシ(店長は「カンサキ」という言い方だった)、ドボンあり、裏ドラ/一発/ドボンはチップ一枚、役満はチップ四枚、一本場は1500点、親の和了りと聴牌以外は南場でも流局、…。どれも一度聞けばわかる知っている規則だ。
 トリを八枚全部使えば役満にしてます、だけどまだ一度も出てませんけど。にこやかに言う店長の言葉が、何のことだか理解できなかった。
 トリって何でしょう。私に不思議そうな顔を向けながら、
「一索ですよ、勿論。うちでは一索を八枚入れてやってます。このトリも一羽ごとにチップ一枚です」
 鳥討ちって奴のことだとすぐに思いがいたった。
「ということは七筒があればチップは要らない?」
「そうそう、ご存知じゃないですかぁ」
 ないですかぁ、かぁの部分が変なイントネーションで、妙になれなれしい。

 鳥討ちのフリーは初めての経験だし、それに何故八枚も入れるのだろう。そんなルールは聞いたことがない。しかし、まぁ何とかなるだろう。
 知らないルールはいつもの事だ。
 すぐにメンバー揃えますから、と言いながら店長は受話器に手をかけた。まだ一卓も立っていない。卓がある方に近寄って壁に貼り出してある規則を読んでいると、まだ店長が説明してくれていない、大事な事を発見した。
タイショウ - 三人麻雀規則
「サンマ、なんですか」
 わたしの質問は、きっと間抜けなものだった筈だ。

 こうして鳥打ちサンマの里、都城での驚愕の日々が始まった。