麻雀打ちの頁/雀のお宿

BGMが常にJポップであることのさり気なき麻雀ライフ。福岡県久留米市の記憶。

公開

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Jポップの産地で

津福

 久しぶりに乗った、県東の県庁所在地と県南の工業都市とを結ぶ私鉄電車の最初に止まった駅では井上陽水のかなり初期のアルバムの中のメロディが流れた。シングルカットされた曲ではなく、誰もが知っている曲ではない分だけ、余計に懐かしさが込み上げてきた。
 そんな筈はないのにその詩の世界をあたかも自分が実際に感じたモノだと勘違いさせるには充分すぎる程の時間が経ったこともあるし、そして何より感傷的な気分に浸りたい私がいるのも事実だ。ホームに近付くと流れるアナウンスのイントロのメロディが単音で構成されているのも妙に悲しく、だからなのか少し温かい。
 次の駅で流れたのはチャゲアスの曲で、目的の駅ではチェッカーズ。
 ようやくわかった。この沿線の特急電車が停車する駅では、その駅周辺を中心に活動したJポップミュージシャンの曲が流れるというシステム。それも代表曲というよりはマニアックな、人によってはヒットしたモノよりも強い思い入れがありそうな、メジャーとは呼べない選曲が嬉しい。
 二十五年前に「日本のリバプール」と呼ばれたこの地方では多くの若者が音楽を通して夢を見、甲斐バンドやチューリップや海援隊の魂は長渕を超えて椎名林檎、浜崎あゆみ、misia、KEIKO(globe) 等、現在の日本を代表する女性シンガーに受け継がれた。彼女達全員がこの地方の出身というわけではないが、ある時期その活動の拠点とした事実はある。彼女らの曲がこの沿線の駅で流れる時代が来るのか果たしてわからないが、そうなった時にも私は何らかの感傷をそのメロディに重ねることができるのだろうか。

 地方都市の郊外に派手な外装の自社ビルを要した中規模のコンサルタント会社の依頼を受けた私はいつものように簡単に寝泊まりできる場所を確保すべく、駅の周辺を吟味することになったが、ホテルは見つかりそうもないので小さな部屋を探した。
 高橋真梨子や徳永英明が歩いたかもしれない雑踏から少し離れた駅裏の小さな部屋は、これ以上ないほど一人暮しがハマりそうなうらぶれた佇まいで、妙に悲しく不思議に懐かしい。
 この部屋に決めた。
 街に着いて一時間たらずの出来事。
 驚いた様子の賃貸住宅仲介業者の若い営業マンに一番、訪ねたかったことを聞いた。
「ここで一番の繁華街、そう飲み屋さんなんかがある、何ていう所かな」
 麻雀できる場所のアタリを付けることは重要なことなのだ。
 予想通りそんなに遠くない、タクシーでワンメータかツーメータ、アルコール入りなら歩ける距離。
 その地名をしっかりと頭に入れて、その場で賃貸の契約を交わした。毎度のことながらこれだけの金額を一瞬で他人に渡すのは、かなり惜しい。だけど、その営業マンに麻雀を誘うなんてことはしない。私はまともな社会人だし、それにこのお金は部屋を借りるためのもので、その営業マンとは機会があればそのような仲になるかもしれないし、そうでないかもしれない。ただそれだけのことだ。

 私鉄の大きな駅とJRの同名の駅とにはさまれた約一キロを直径にした範囲が繁華街で、中でも中心を通るアーケードから二筋離れたJRの駅よりの一画が私の目指す場所だ。
 いつものように「お一人様でも」の看板を頼りに入った路地は、格安チケットの販売所と化粧品も扱う薬局とにはさまれた小さな入り口だった。
 立付けの良くないドアの汚れたノブを廻して目前にした店内からは、もあっという感じで、煙草の、それもヤニのにおいが私を襲った。高すぎる天井から異様な程低く垂れ下がっている一般家庭用の照明機具の笠の裏のほこりがヤニついているのがわかるのは、私の視点よりも低いせいで、ほとんど反射的にした「いらっしゃい」の声は、私が新規の客であることを確かめもせずにした、奥のソファーに半身だけ横になってテレビの相撲中継を見ている、私よりいくつか年長と思しき中年の親父だった。
「初めてん人ですかぁ」
 親父の警戒ぶった言い方は、常連卓と思しき後ろの卓の回りを取り巻いているケンの客達を代表している。
「ウチは、ここいらん知った者ばっかで遊びよるとです」
 いつものように口数少なめに頷きながらいると、やがて諦めたのか、私に椅子を勧めてくれた。
 いずれ、他の客が来たらもう一卓立てるとのこと。ルール説明なんてしてくれそうにないので、既に立っている常連卓を眺めることになる。二飜縛りのナシナシサンマ、三万五千点持ちの四万返し、ウマの詳細は不明で、赤祝儀はリーチ時のみ有効らしい。レートは一般的なもので、勝ち続けるとそれなりにおいしいが、トータル的にはパチンコほどの博打性は無い。
 二飜縛りの手作りを完璧にモノにしているつもりの私にとっては、どちらかというと得意なルール。
 しばらくしてこれも常連と思しき板前風情がやって来て私は卓に着いた。
 初めての土地の初めての雀荘での一回目の半荘。この半荘はその実「何度目の『初めての』半荘」なのだろうか。そんなことを考えながら席に座り、煙草を左手のサイドテーブルに置いた。
 知らない筈の二人の相手に懐かしさを感じた。

 二半荘目に一人増えて四人になった。
 面子的には特にどうということもない。七対子が二飜扱いなので、半分以上は七対子を念頭にしての手作りになる。皆そうだ。
 浮いたり沈んだりを繰り返してそろそろラス半にしようとした半荘の東場の親で国士無双を和了ってしまい、仕方なくそれから二三回流して打つ。

 次の土曜日は午前中に顔を出した。
 案の定、まだ立っていないので映画館に入った。名物のラーメンは予想以上に美味しく、そのスープに限って言えば、史上最高の味か。
 雀荘に戻ったら私を待ちかねたようにスグに四人でのサンマが始まった。
 もう私はこの雀荘ではストレンジャーではなく、この日の夕方までには常連の顔をできる存在になった。
 抜けた後もメンバーとどうでもいい話を交わし、何の面白い情報も得られなかったがこんなことも私の『気配り麻雀』の一手なのだ。

 また来週に顔を出すであろう自分を少し寂しく感じたのと同様に、ほんの少し嬉しくも感じた。
 ふいに口を出たメロディは、スピッツのロビンソン。
 草野はこの街の出身ではなかったか。
 この街に当分の間、いることができる幸福は確かなことだと思えた。