麻雀打ちの頁/雀のお宿

八枚の一索を使用することで劇的な様変わりをみせる世界。宮崎県都城市牟田町での記憶、その二。

公開

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八羽の鳥を討て

牟田町

 初めての半荘は、私と店長と三十代後半の遊び人風の男とで囲まれたが、一索が八枚入っているだけで、その世界に起こる変化がこれほどだとは想像もつかなかった。
 牌のひとつひとつに、あるいはグループごとに何らかのイメージを持つ場合があるが、私が二十年間培ってきた一索という牌に対するイメージを根底からくつがえされたのは、同種の牌が八枚もあることに起因している。
 この時期以来どんな規則の麻雀であっても、私は一索を何の躊躇もなく切り捨てることができなくなってしまった。

三筒三筒四筒五筒七筒八筒九筒一索三索四索五索西西西

 このような手で聴牌に取る場合には、三筒切りの一手なのだった。
 理由は、一索を外せば待ち牌は六枚しかないが、三筒を外せば待ち牌は七枚もあるからだ。
 まして、一索はチップとも絡んでいるので、三筒切り以外の選択はありえない。
 因みに、一索一枚に付くチップは点数に換算すると 10000 点の価値がある。

三筒三筒四筒五筒六筒七筒八筒一索三索四索五索西西西

 この手であっても三筒切りが正着だろう。
 三筒切りと一索切りを比較すると、待ち牌の数こそ七枚対九枚と一索切りの方がやや有利だが、和了った場合の価値は三筒切りの方が20000点も高いし、一索を持ってきて他者に振り込んだ場合の痛手が大きすぎるのだ。
 他のどの牌をツモってくるよりも一索を持ってくる確率の方が高い。

三筒三筒四筒五筒七筒八筒九筒一索一索一索一索西西西

 これでも三筒切りが多くの賛同を得ることができる選択に違いない。
 三筒切りで、一索一索の双ポン待ち(もしくは一索暗刻の一索単騎)という形をとる。この局面で躊躇なく三筒切りができるようになった時が、ひとつのステップアップだ。

 鳥打ちなので鉄砲である七筒の存在も大きい。
 私は長い間、この一索のチップを無効にする七筒は結果の牌だと考えてきたが、これも積極的に利用しなければならないの明らかだった。
 自分の手牌が和了りとはかけ離れた展開では七筒を手放すことは禁じ手だ。もし、他家から七筒が捨てられればポンしておくことは有効な防御策だろう。
 しかし、七筒は四枚しかないので完全な防御策であるとは必ずしも言えない。対面の遊び人風の男が、七筒一索を槓した後にニヤついた顔で言った一言が、「攻撃も防御もパーフェクト」。

 私の成績の最初四回は、トビ、トップ、二着(この三回目から四人になった)、二着というものだったが、最も負けがこんでいるのは明らかだった。
 チップのせいだ。
 四回目の半荘の途中に新しい客が来たのを見て店長に、次の半荘は見(ケン)に回ると伝えた。各人の手回しを研究する必要を感じたのと、初めてのルールで普段よりも体内の血液の温度が高くなっているような気がしたのだ。
 慣れた四人の打ち回しには明確な暗黙のセオリーが存在した。
 清一色や役満を狙う場面でない限り、誰も一索を捨てようとはしない。そして一索を暗刻にしているか、一索待ちでない限り誰もリーチをかけようとはしない。一索が序盤で捨てられたら間違いなく、そいつは筒子の清一色か役満狙いの手なのだ。本当にこれで正着なのか頭では理解できない。毎日打ってる奴らがこうなのだから真似るしかないのか。
 とにかく不思議な気分で他人の手作りを見つめ続けた。

 後で気軽に話ができるようになってわかったことだが、この街のクラブはどこもこのルールらしい。フリーだけでなくセットで来る客もこの一索八枚の鳥討ちだった。この街にあるほとんどの麻雀荘の自動卓は一索が八枚セットされている。たまに四人麻雀をやる客もあるらしいが、その度に牌を揃えて機械をセットし直す。
 いつからこんな事になったのか、誰に聞いてもはっきりした事はわからなかった。全自動卓がない手まぜの時代には一索を十二枚入れたりすることもあったらしい。
 私がこの街で麻雀をやったのはそれ以降約半年間だったが、それからしばらくして近くの観光都市内の二つの雀荘でこのルールが採用されたことを、福岡の賭場でしばらくぶりに会った人間から耳にした。こちらは何となく見たことのある顔だ、くらいの認識だったが相手の男は私の名前まで覚えていた。
「あの後、宮崎市内で流行りましてねぇ。宮崎の人間はみんな素人なもんでしたから、それはもう入れ食い状態でしたよ。ここの連中もたくさん出稼ぎに行きました」
 その男も一か月の最高成績が、本業(骨董品の仲買)の年収に見合うくらいになったらしい。
 その市内に今もあるのかどうかは知らない。

 他にも客が来て二卓目が立つことになったのでそちらに入った。
 それから半荘で十数回を戦ったが、私はマイナスを取り戻すことはできなかった。
 予定よりもかなり大きな出費になったが、住んでいる場所の近くで麻雀ができることに満足できた。取りかえすチャンスは大いにある。

 しばらくして、店長とは電話で連絡を取り合いくだらない小バクチを楽しむような仲になった。ある時、四人麻雀をやりたいという人がいるということで、その六十歳くらいの料理屋の女将に紹介された。麻雀がとても好きで、昔自分でもクラブを開いたこともあるのだがうまく経営できなかったらしい。
 この女将とやった時の麻雀牌は面白かった。
 一索は普通に四枚なのだが、その四枚ともが赤く塗られている。つまり赤一索。どうしてこんなに一索に固執するのだ、この街は。
 記念にということで、未使用の赤一索が入った麻雀牌セットを貰ってきた。その牌セットは現在、麻雀研究家にして世界でも屈指の麻雀コレクター浅見了氏のコレクションの一部になっている。

 一索を八枚入れての鳥討ち、という特殊なルールについては慣れるまで長い時間がかかったような気がする。いや、今でも本当に慣れたといえるのかどうか怪しいが少なくともその店タイショウでの勝ち組には入れたようなので、鳥討ちの話はもういい。
 そしてもうひとつ、ここはサンマの店であり、その接客のシステムや点数の体系には初めて知ったことも多かった。

 この店のサンマは、…。