麻雀打ちの頁/雀のお宿

スポーツ店の中での数少ない生き残り雀荘との出逢い。

公開

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寂れてなんかない

迎町

「ようやっと、本調子ですか」
 トップどころか、浮きにもめぐまれない半荘が何度も続いた後に一発ブーの絵を二回連続で自摸り、ほっと一息ついたらマスターから声がかかった。
 一発ブーといっても今のリーチは高目が出たらチンマイ(一人沈み)という、いくらか強引なもので、
「これでのれる」
 と自分でも思ったのは確かだ。もしも高目が出ていたら、見逃ししかなく、そうするとまたずるずると出口の見えない迷路を彷徨うような局が続きそうで、この局が一つの分岐点だった。
 相対している三人も私の強引なリーチを目にして以降は、明らかに私の動きに焦点を合わせた手作りを余儀なくされ、そうなってしまえば私はいつも通りのスポーツ麻雀の打ち廻しができる。八分の力で流していても負ける気がしない。少なくとも今日の私は、負ける気がしない程度には充実している。

 暮れに生活の拠点の一部をここ、九州のほぼ中央に位置する都市熊本に移した。地元である博多からは車で三時間の距離ではあるが、頻繁に行き来できるほど近くもない。
 いつもならスグに雀荘を探すのだが、麻雀はもっぱら博多でだけやって、表稼業の時間を過ごすために熊本に戻ってくるという生活スタイルにも少し疲れてきた。大好きな麻雀を、近場で手軽にできないのは、やはり辛いのだ。
 住んでいる部屋は市街地からは離れたオフィス街で、一度だけ部屋の近くの雀屋を覗いたが、フリーはやってないとのこと。その内に機会もあるだろうと考えながら年を越した。
 友人から届いた年賀メールに、熊本でスポーツ麻雀をやったとあった。東京に住んでいるはずの彼女は、旅先でのちょっとした時間の中でのスポーツなので、大勝ちこそしたものの最後まで細かなルールを把握できなかったらしい。熊本のスポーツなら私が昔、彼女に伝えたルールと違わないはずだがなと思いつつ、すぐにその雀荘へ行こうと決めた。
 目的ができたのが嬉しかった。

 電話帳で確認した住所の近くでタクシーを降りたらすぐに看板が目に入った。
熊本麻雀センター
 こんな名前にもこのクラブの時代的な匂いが感じられる。
 階段を上がって開けたドアの向こうは広い店内で、二卓だけが立っていた。その二卓ともフリー卓であるのは一目でわかった。地方の雀荘特有のフリー卓の雰囲気。
「いらっしゃい」
 大きな円形ストーブの前に座っていた男はにこやかに言った。声を聞いて、その顔を見て、私はわかった。ここは私が落ち着ける場所。本来の自分でいられる場所。

「博多から来られたですか」
 マスターは博多のスポーツ雀荘のいくつかを知っており、どれも私にとっては懐かしい思い出で、マスターと共通の知人も今は行方の知れない懐かしい名前だった。
「福岡市内にはもう二軒しか残ってないですよ、スポーツの店は」
 私の言葉に唖然とした表情をはっきりと見せたマスターは寂しそうだった。
「実は熊本市内でも、うちしかやってないんですよ、もう」
 スポーツのルールは、九州の県庁所在地二都市を合わせても三軒しか残っていないのだと思うと私の胸にも去来する何かがある。鹿児島市内や北九州市内には数軒のスポーツ店が残っているとはいえ、かつての隆盛とは比べるべくもなく、九州全体でのスポーツ稼動卓は合計しても四十卓に満たないかもしれない。大きな雀荘なら一軒で収まるような卓数だ。
 こんなに素敵で知的なルールなのに、そして手軽に短時間でも楽しめるスポーツ麻雀なのに、いったい何故だ。この衰退ぶりを悲しく見つめていることしかできない自分が少し悔しく、しかしこうしてまたスポーツ雀荘に出会えたことにほっとしている自分も発見した。

 二千点持ちで、東西/南北のオーソドックスなルール。
 ドラは門前で二百点、副露した場合には百点。裏ドラは加点でなく祝儀のみ。
 三色同順や一盃口が無い古い規則のわりに、三十符四飜を満貫に切り上げたり、跳ね満なんて点数まであるのが新鮮だ。河底撈魚(ハイテイフリコミ)を採用しているのには少しアンバランスさを感じたが、一番驚いたのが純全帯么(ジュンチャン)と混全帯么(字牌含みのチャンタ)を別けていること。それなら三色同順を認めてもいいだろうとも思った。
 和了に関する規制への対処は見事に解決されており、自分が浮かないのに他人を沈める和了りの場合は沈まない分の点数しか受け取ることができず、また自分がトップでないのに他人をドボンさせる和了りの場合には点棒を一本(二十点)だけ残して次局に入る。昔、経験したことのあるやり方で長い間忘れていたが、これなら禁則なんてないに等しいので、広く受け入れられやすいはずだ。初心者でも囲めるに違いない。
 疑問に思ったのは、自分が浮かないのに原点の人間から栄和牌が出た場合だ。規則的には点数の授受はまったく行われずに次局へ進むのが自然だと思うが、もしその局に本場がついていたら少し不思議な感じがする。現実的には起こりにくいが、可能性がないわけじゃない。これについては不明のまま。

 三時間程、和了れない半荘が続いた。ピンのアリアリ、通常のリーチ麻雀では考えられないほどの負けになったが、血液の温度が上がるわけでもなくたんたんとしていた。
 この店でのルールを把握して以降は、卓に付いている他のだれよりも素早く点数を申告している私がいた。さらに少し経った頃からいつもトップを狙っており、ツキもあったのだろう、二回に一回はトップでほとんどがマルエーで、案の定、卓が割れてしまった。
 この店の場代は、スポーツ店にしてはあまりにも安過ぎる。こんなに良心的な金額設定では、私は楽しむよりも先に金銭のことに頭がいってしまうかもしれない。
 いやいや、今日はツイていたのだ。スポーツで勝つなんてできやしないことは二十年前から判っていたことのはずだ。

「また来てくださいよ、必ずですよ」
 必ず来る。私が自然体で打てる麻雀がここにはあるのだ。
 必ず、次の休日にはこの店をまた訪れる。まだ、このルールの麻雀がある限り、心から麻雀を楽しいと思う自分がいるのだ。