麻雀打ちの頁/雀のお宿

偶然に入った店で見つけた納得のいく祝儀とその価値。

公開

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祝儀の本当の価値

駅前

 ゴールデンウイーク中はずっと立てますから、そんな事を言われたから前々日の負け分を取り戻すべく、せっかくやって来たのに何度電話しても出てくれない、いつものクラブの近くまで来たのはいいが、行くあてのない私は、しかたなく、そのビルの階段を上がった。
 このビルは一階にある中華料理店の親父の持ちビルで、この親父の兄弟は全員がそれぞれ別の場所で料理店を経営しており、彼の兄貴の内二人とは全く別の雀荘で一緒に囲んだことがあり、かなり怪しげなその長男とは雀荘以外の場所でも勝負したことがある。兄弟の一人は私のことを麻雀で食べている人間だと長い間勘違いしていた経緯もあって、その一階にいる親父から最初は警戒されていたものだ。博打好きなのは兄弟全員に共通しているらしく、一階の親父とは食事しながらポーカーやブリッジで代金を負けてもらったりの仲で、彼がいつも麻雀するのはこのビルの二階のクラブだというのは前から聞いていた。近くによく顔を出すクラブが既にあるので、このビルの二階のSに行くのを意識的に避けていたわけだが、せっかく来たのにこのまま帰るのもどうかと、しかたなく、本当にしかたなくSに入った。
 近接する二つのクラブに通いたくないのは、私の性格からして、そうすると昔のように普通の人以上に麻雀を打つことにのめり込んでしまいそうなことだけじゃない。基本的にはどのクラブでも、店側のスタンス(待ち客がいるなら抜ける/自分が抜けて卓が潰れるようなら絶対に抜けない)で囲んでいるので、私は重宝がられているわけで、そんな自分の取り合いみたいな状況ができるのが嫌だ、といういくらか自惚れた思いからだ。

「初めての方?」
「フリー?」
「誰の紹介?」
 勝手に一階の親父の名前を出したが、バレる前に親父に会えばいいだけのことだ。
 立っているのは一卓だけだが、それ以外にも私を含めて客が五人いる。二人は男女の連れで卓を観戦しており、後の二人はテレビの競馬中継を見ながら、ニッポンだかブックだかに書き込みをしている。ノミの仲介をやっているようで、こんなに堂々としているのは客の出入りが思ったよりも少ないせいかもしれない。
 ナシナシ、リャンのワンツースリー、一発も裏も千円で、半荘終了時の精算も千円単位に切り上げ。最終的には何もかも五千点単位に切り上げなわけで、小銭を扱わないので煩わしさが少ない。一番いいのは勿論、まったく金銭を扱わずに済む方法だが...。
 私が仲間内でやっていたルールの一つにこのクラブとほとんど同じ方法があった。そのルールは簡略化が進み、最終的には一発祝儀も(チップや金銭でなく)点棒のやりとりで、かなり面白かった。
 平和だけの1000点が、リーチ一発ならば7000点(2000+5000)になり、精算は常に持ち点に対してだけ行われるのだ。役満賞やドボン賞などもすべて点数でのやりとりなので、最後の最後まで気の抜けない戦いを強いられるルールだった。トップを取るためには和了り点をかせぐだけでなく、多くのオプションでも優位に立たなければならない。負ける奴は、振り込みが多くてなかな和了れないだけでなく、和了っても一発が少なかったり裏ドラが少なかったりという奴だ。ダマテンでゴンニを和了るような打ち手がトップを取るのはなかなか困難なルールだった。
 だがこの店でのトップは簡単そうだ。誰も私ほどは真剣に打っちゃいない。そして私ほどは楽しんでいないのだろう。

 思った以上に、客の出入りは多く、そしてどの客も短時間で出ていってしまう。中には、出ていってまたすぐに戻ってくる客もいた。
「ああ、すぐに行くから、...誰かぁ、交代~!」
 先ほどから何度も携帯での呼び出しを受けていた上家の男が急に席を立った。東の二局、男の親番はまだ。
 何も言わずに側にいたアロハシャツを着た男が座った。
 小さな声でぶつぶつ言いながらも、そのアロハは卓に入った。その局は何ということもなく流れ、そのアロハの男の親番で、私の下家が国士をツモ和了ってしまった。アロハは形相を変えて、点棒と祝儀とを支払った。何か言いたそうな顔をしていたが、私と目が合い、私が意識して怪訝そうな顔をしたせいなのかどうか、その場は何も言わなかった。
 半荘が終わった時点でアロハはラスで、さっと立ち上がり「ヤーメタ!」と言いながら卓を叩いた。それから麻雀をやめたにもかかわらず、長い間、クラブに居続け、アルコールを口にしながら、メンバーを相手にわめき続けた。
 アロハがわめき立てている間中、クラブにいた全員が奴をうるさく感じていた。私は事の成り行きに期待したのだが、ついには何の事件も起こらずにアロハは店を出ていった。
 ただ、店の男が小さな声で卓に向かって「失礼しました」とだけ言った。私はそのアロハのことを当分の間は忘れないだろうと思った。
 自分があいつでなくて幸せだとも思った。

 最初に顔を出すつもりだったクラブからはとうとう連絡が来ずじまいで、抜けるタイミングを逸した私はとうとう深夜までそこで打ち続けた。できることならここには二度と入りたくないので、つじつまが合った時点で抜けようと考えて、ずるずるとなったのだ。近所に二軒の行きつけがあるのは、経験上よろしくない。たぶん、もうここでは打たない。
 打たないということを自分で決めるのにたいした決断が必要なわけではないが、そう決めたことを実行するのは心地よいことのはずだ。