麻雀打ちの頁/雀のお宿

寂れた商店街の中でも迫られる新しいルールへの対応。宮崎県宮崎市千草町の記憶。

公開

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アーケードを見下ろして

千草町

「赤いチップ二枚をこれに入れて下さい」
 マスターはガラスのコップを差し出した。
 どこにでもあるプラスチック製のポーカーチップ二枚を張り合わせたものが、この店でやりとりするオシン代わりだ。赤が千円/青が五百円/黄色が百円で、半荘を開始する前に全員が赤いチップをコップに入れ、東発の親の左テーブルに置いておく。点数とは別のトップ賞。そしてゲーム代もこれから取られるので、トップ者に六枚、店に二枚という割り当て。
 マスターはスポーツ新聞を手にして初めて着いた私の左後ろに陣取った。いつもの展開。

 数年前にこの街に来た時には、さびれた風景ばかりが目についた。昭和四十年頃まではそれなりの観光地として多くの旅行客で賑わったであろう中心地も、アーケードはところどころが壊れており、どの店にも書き直した値札がある。地元客を相手の商売ではないので人通りがまばらだと街全体が沈んだ印象になる。南国特有の街路樹の鮮やかな青が逆にメイン通りの薄暗さに拍車をかけているような感じで、ここは過去の街なんだと思った。
 久しぶりに訪れた街の装いはとても明るい。駅前から伸びる整備された幹線道路の左右には大きなビルだけでなく、アールデコ調の建物や反射板で壁を覆った新しい建築物などがある。飲み屋街の脇の通りは地元ヤングカルチャーの発信地とおぼしき場所で、古着屋や雑貨屋が立ち並び、ヒップホップ系のファッションとハウス系の音楽が充満している。
 麻雀は勿論、ナシナシが基本なのだが、アリアリのクラブがあると聞いて、アーケード内の喫茶店の脇の狭い階段から通じているその店Tに入ったのは、ある年の四月のことだった。
 階段の入り口の上からはレストランの看板と麻雀荘Tの小さな看板が吊るされている。
 二階がイタリア料理専門の店で、さらに細くなった階段を通って三階が麻雀荘だ。狭い踊り場の小さな窓からはアーケードを見下ろせるのだが、下の華やかな雰囲気とはうって変わったように、そこから目に映るのは野鳥の糞や煙草の吸い殻や向い側の建物に住む人の生活の匂い。地方都市でなくとも残っている、部分的に取り残された風景が広がっているのに少し安心したのは、私自身がそうした環境の中で生活を送ってきたからにほかならない。

「うちは、東京麻雀なんですけどねぇ」
 アリアリのことをマスターはそう言った。
 卓はまだ立っていないので彼と話し込むことになる。初めてのクラブでの、いつものことだ。
「前はナシナシだったんですがぁ東京の方から出張で来られる方がたくさんいてぇ」
 宮崎市内では本当に珍しいルールなのだが、苦肉の策でアリアリにした所、運よく固定客ができたとの事。サラリーマンと地元商店主が客の中心で、たまに観光客が来るらしい。私のように一時間以上も離れた近郊都市に住む人間はさすがに初めて。それはそうだ、たかが麻雀やるためだけにこんな奴は多くはいない。
「都城の麻雀は変わっているでしょ?」
 このマスターの一言が、鳥討ちサンマに関して最初に得た情報なのだが、この時は軽く聞き流していただけだ。

 喰い断么九/振り聴リーチ/リーチ後の見逃し/門前選択あり、どれも普通のルールだったが、唯一『喰い平和』の存在が面白かった。二十符一飜で計算するのだ。

二筒二筒三筒四筒五筒三萬四萬伍萬六索七索 チイ四索横三索五索

 この手で、五索八索をツモ和了りすると「断么九、三色同順」の 2000 点の収入しかないが、出和了りならば平和が付いて二十符五飜の 2600 点になる。
 それでは
「ツモピンはどうなる」
 と聞いたら、門前の時だけ有効でこれも二十符扱いということだ。喰い平和自摸平和の両方を採用してるのは初体験で、頭で考えるとややこしそうだが実際の運用ではかなりスッキリしている。700 点なんてワケのわからん点数を採用するよりはズっと気持ちイイし、何でも 1000 点にしてしまう通常のルールよりも理にかなっている。これを聞いて得した気分になった。

 半荘開始時に供託されるトップウマ以外に沈みウマがあり、終了時に 30000 点を割った人間はマイナス点(1000 点百円)の他に千円の罰が付く。福岡でも十年前まではポピュラーだったやり方だ。トップ以外の順位は無関係なので、トップを狙うか浮きに回るか、目標はいたって単純明快。 私好みだ。
 最初の半荘でドボンした後に連勝して巻き返したものの、その後は浮いたり沈んだりの繰り返しでその日は終始した。
 近くのホテルでマッサージを頼んで一眠りした後、夜中の三時頃にまた顔を出し、その日は夕方まで打ち続けた。何人かの客が入れ代わり立ち代わりで、二卓から三卓が立っていた。
「これはぁ、アガレるんやったなぁ」
 どうでもイイことを毎回尋ねる客がいる。この客だけでなく、皆、総じてアリアリというルールに慣れてはいないような感じだったが、点数計算で戸惑う場面が少ないのには少し驚いた。最初はブーマンで鍛えられてるのかと想像したがそうでもなさそうだ。ただ店側、つまりマスターが申告にほとんど口を挟まないことだけが原因のようだ。誰も教えてくれないので点数くらいは正確に把握できていないと損する羽目に陥るかもしれない。
 先ヅモや三味線は多かったが、マスターが言うにはナシナシの頃はリーチの後なら他人の手を覗いても構わなかったということだ。確かにアガリ目の選択、見逃しができないので害は無かったろうが、こんな小さなことでもナシナシのマズさ、アリアリの正当性を窺いしることができる。

 それから半年ばかりの間に月に一度くらいの割りでTに顔を出したが、勝っても負けてもここでの麻雀はあまり面白くなかった。そして終には行かなくなった。
 先ヅモするくせに切るのが遅い奴、酒に酔って自分が浮かないのに他人をドボンさせる奴、ゲーム代の割りには不十分な店側のサービス、いろんな理由が考えられる。
 フリー雀荘はいたるところにたくさんある。もっと快適なクラブはある。無駄な時間を過ごしたくない。もっともっと麻雀を楽しみたい。