麻雀打ちの頁/雀のお宿

古くからの温泉街への旅先でのクラブで。

公開

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千と千尋の湯屋のある街

大街道

 旅先のクラブに入って最初の半荘、ラス前までダントツだった私の唯一の気掛かりが流局が続き七本まで積まれた場で、果たしてその親に面混七対子ドラ一を放銃してしまい沈み三着となって以降も二着が続き、結局3222という成績であったにも関わらず、私がラス半コールしたのは、その夜の宿であるホテルでもう一眠りしたいという思いもあったからにほかならない。
 クラブを出ると夜風が頬を刺した。
 まだ午前零時には若干の時間はあったが、この街一番の繁華街である通りには既に人もまばらで客待ちのタクシーが溢れている。
 拾われて目的のホテルを口にすると運転手に何やら聞き返されたが土地の訛りのせいかうまく聞き取れない。
 適当に相づちを打つと数分も経たずにくだんの温泉街に入った。
 部屋の扉は施錠されていなかったが同部屋の誰もそこには居ず、自分の寝床を一番隅に決めた私は枕元の電話でフロントを呼び出しマッサージを頼んだ。
 やがて訪れた盲目の施術者は部屋へ入るまでのぎこちなさをよそに私の肩から背中の同じ箇所をしつこいほど揉みほぐす手管はいかにも慣れた風で、いつのまにか彼女に身を任せたまま私は眠りについた。

 その温泉宿は、いくつか存在するという「千と千尋の」の湯屋のモデルとなった建物であるらしく、自分自身は番台のカエルのモデルではないかと思えるような仲居はそれをさも自慢気に話していたが、私の意識はもうその酒宴の席にはなくアルコールもいくぶん抜けてきてこの街のクラブを探すつもりでうまくその宴会を抜けるタイミングを計っていたところ、思いのほか早く「締め」に入ったために周りの皆に何の気兼ねすることもなく散歩に行ってくるからと同室の仲間に告げ、ホテルの前に待機していたタクシーに一番の繁華街までとだけ言うと運転手は愛想よく相づちを打ち十分も走らぬ内に降ろされた交差点でこれまで何度も見たことのあるチェーン店の看板が目に入った。
 もう長い期間このチェーン店のどこともご無沙汰状態だったのだが、旅に出て久しぶりにというのも何となくイイと思えてきたことと、いくつかのクラブで何度か断られることも覚悟していた私にとってそうした煩わしさに遭遇しないですむのはきっと楽なことだと思えてきたのも事実。
 何の躊躇いもなく、そしてそれほどのときめきもなく、見知らぬ土地の入ったことのないクラブで囲むために階段を上がった。
 まだ宵の口だ。

 どちらの店の会員様ですかとの問いに、会員カードを差し出した私に、ドリンクを出した後、いつものようにカウンタで電話をかけている従業員はいったい何を調べているのだろうと、これもいつものように思う疑問の一つ。
 例えば別の店に借金があるだとか、出禁になっているだとか、そんなことでも調べているのかしら。
 それほど間を置かずに、すぐにそうとしれたこの店の店長が寄ってきた。どの店もそうだが、店長だけは他のメンバーのように蝶ネクタイでなく普通のネクタイなのだ。
「高松のN店長から素晴らしい方だからと電話がありました」
 けっ、何が素晴らしいのか。
 Nが四国で働いていることにも驚いたが、その冗談をどうとらえたのか判らないその気の良さそうな店長に対して、私はどう対処したらいいのか少しあせった。冗談だと理解しているのか、もしかすると旦那客だと思われたのか、ただNと昔馴染みだと知れただけなのか。
 初めての店に入って10分も経たない内に、Nに私の居所が知れたという事実はそんなに驚くことでもないのだけれど、そのNとの共通の知人の中には今晩の私の行方を探している人間もいる筈で、それがNの口から漏れる可能性は薄いにせよ、そうした不思議な繋がりの中で自分が生かされているという事態はあまり心地のよいものだとは思えない。
 どこかアウトローとして振る舞いたい、こうした旅の途中で、ふいうちを喰らった気分だ。
 それから5分も経たずに席へ案内された。
「こちら、当店ご新規の**さんです」
 このチェーン店にはパソコン通信を始める前から通っているので、百貫さんではなく、本名だ。
 アルコールはすっかり抜けている筈、普通に普段通りに何の気負いもなく半荘は始まった。

 最初の半荘、完全な独走体制でいたにも関わらず、気になるのは本場が七本も積まれたことだけで、親っパネでも直放銃しない限り私のトップはテッパンだったのだが、果たしてその親に面混七対子ドラ一を打ち込み、ポリポリと頭を掻いてその半荘が終了した後、そのまま四回の半荘を一度もトップを取れずに席を離れた。
 店長は既に上がったらしく、その腑甲斐ない姿を見られずに済んでほっとしている自分に気付いて、何を見知らぬ人間に気を使っているのだろう、何だか少しおかしな気分なのももしかすると旅のせいか。

 眠りが深かったのだろう、同じ部屋の仲間が戻ってきたことにも気付かず朝の光で目が覚めた。
 朝といってもようやく闇と光とが半分くらいの、そのどちらよりも強い霞の灰色があたりの空気を占めている少し濡れたような空気の中、急いで顔を洗いホテルの外へ出た。昨晩の賑わいがまるで遠い日の出来事のように感じられる早朝の温泉街は、子供の頃に感じた祭りの後の淋しさにも似た懐かしい痛みを私に与えた。
 少し歩くと中の運転手が眠っているタクシーが見つかった。
 行く先を告げ、着いたのは六時間ぶりのそのクラブ。
 もう初めての店ではない。
 昨晩貰った場代のサービス券を見せて、すぐに卓へ付いた。
 六半荘を終えて、114112の成績。
 完全な自分がいた。
 まだ集合時間には若干の余裕があったが充分に堪能したと思えた私は、おもねるように引き止めるメンバーをよそに何の軽口も叩かずにクラブを後にした。
 この土地に再び訪れることはもうないかも知れないと思うと、ここでの勝ちが確定したわけで、それを思うと自然と嬉しくなってくる。
 二十年前ならこれで四国を制覇したと思い込む私であったかもしれないが、そんなに若くもない。
 この日の私は表家業の仕事仲間と温泉旅行に来ただけの一般人なのだ。

 帰りの車中では決められた名所でも土産物屋でも席を離れずにほとんど眠っていた。
 廻りの皆はあきれているのか、興味がないのか、そんな私に誰も声をかけることはなく、当の私は明日も朝から普通に勤めなければならないことを腹立たしく思いながら、住む街に帰りつく時刻から馴染みのクラブで遊べる時間的余裕があるのかと気にしていた。
 突然、見知らぬ番号からかかってきた携帯の相手は、25年も会っていない高校のクラスメイトからのもので、今日は年に一回の同窓会で、私の消息を訊ねてのもので、とても懐かしがっていたが、限られた何人かの友人としか連絡を取り合っていない私にとっては懐かしさを通り越して違う世界に足を踏み入れたような不思議な感覚の中、当たり障りのない話をしながらも、近い内にまた連絡を取り合う約束をしたのはこれも人恋しさからだったのかもしれない。
 普通の人々と休日に旅行に行き、普通の人々と同じように毎日を勤め上げることは、私が何と思おうと端から見れば普通の生活であって、そんな日々がいつまで続くのかはわからないが、そうした普通を大切にしたい気持ちが自分の中にあることを発見して、少し嬉しかった。