麻雀打ちの頁/雀のお宿

一通のメールがもとで始まった懐かしい雀荘での交流。福岡県福岡市早良区西新の記憶。

公開

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古きを訪ねて己を知る

西新

「お名前は?」
 マルエイトップを取った最初の半荘の後に聞かれて私が答えたのは、ハンドルネームの「百貫」ではなく本名の方だ。新規に開拓したクラブで本名を名乗るのは、私の素性を知っている人間が出入りしている場合だけというのが普通なのだが、このクラブでは知り合いが一人もいないにも関わらず、そうしなければいけない雰囲気があった。
 オーナーなのか、ただのメンバーなのかわからない初老の男は、私の名前と時刻を売上表に記入したようだ。

 百万都市と言っても他のそれと比べると賑わいのある市街地の面積は広くない。
 オフィス街、飲み屋を中心にした繁華街、JRの駅周辺、大陸への定期便が出帆する港町のどれもがそれぞれ寄り添うように、半径数キロの中に納まっているこの街は、空港まで要する時間も十数分というとても狭い土地で、東京で言えば、大井競馬場から羽田新空港までの間に、都市機能がすっぽりと入っているようなものだ。
 そんな中にあって西の拠点と呼ばれるこの街は、地元百貨店といくつかの映画館、昔からの商店街があり、日本を代表する官能小説家の二人、宇野鴨一郎と川上宗薫が通った県立高校と名門私立大学に通う多くの学生が闊歩する場所でもある。地下鉄の駅のシンボルマークは、学生街であることを意識したデザインだ。
 パチンコホールやゲームセンター、観光客が訪れるいくつかのラーメン専門店、漁港や農地から直接リヤカーで運んできた魚や野菜を売り捌くオバサン達で賑わうこの街にも、多くの麻雀クラブがある。そのいくつかには歴史があり、特有のにおいがあり、そして何人もの麻雀打ちがいる。
 私が十数年ぶりに訪れたそのクラブは、スポーツではなく、ナガマン(半荘制のリーチ麻雀)の店に変わっていた。いつものことだ。

 建物の脇の通路の入り口にある、お決まりの文句「お一人でもどうぞ」の小さな看板を確認して奥へ入ると階段がある。
 右は占いの部屋で、左がK会館だ。麻雀と占いという組み合わせも少し面白い。
 ドアに貼られた多くの証賞が、古くからあるクラブであることを明らかにしている。
 ドアを開けると二卓が立っており、見学者が三人いて、一人が入り口の側の長椅子で軽いいびきをたてている。奥のテレビと小さなテーブルがあるソファーに行きづらい状態。
 私が黙って立ったままでいると、通路を一番大きく防ぐ形で陣取っていた男が私を見て、
「初めての方ですか」
 そう口を開いた。
 話し掛けられてもすぐにはその男が店の人間なのか否かは確信が持てなかったが、私は軽く頷いてその男の方へ寄っていった。

 ナシナシ、ピンのワンツースリー、一発とドジョウは千円でドジョウは自摸った場合のみ祝儀の対象、この街で最も多いルールなのでわざわざ説明されるまでもない。説明を聞きながら他の客を見たが、はっきりと見覚えのある顔は見当たらない。
 ゲーム代が全員から五百円だけを徴集するシステムだと聞いて良心的な経営だなと思った。
 最初に無条件に一万五千円分のチップを買わされるので鉄砲はご法度だ。

 最初の半荘でマルエイトップを取って、件の男が私の後ろを覗くような位置に陣取ったが、これもいつもの展開だ。
 次もマルエイで終わったので私はいつものピンの打ち方を始めた。
 ナメた打ち方。
 他人の聴牌なんて気にせずに全局参加の全ツッパ、親番の時は、シャンポンでも単騎でもダマ満でも常にリーチ。南家の時には一色に走り、北家での狙いは流し満貫だ。
 ツボにはまれば大勝ちできるのだけれど、そんなことは滅多にない。そして、この日もそんなことはなかった。

 元ネタよりもチップが少なくなったので、帳尻を合わせるために最後の二半荘は堅く打った。

 抜けた後にコーヒーを煎れてもらって話し込む。
「楽しい麻雀ですねぇ、いろんな所で打ってらっしゃるんですか」
 男は、私が親番の時に、残り一順で、二枚切れているドラ単騎でリーチを架けて、他者の混一に放銃しているのを見ている。
 実は、かなり以前に、ここがスポーツをやってた頃に来たことがあるんですよ。
「スポーツの時ですかぁ、まだ、**さんがやってらした時分ですねぇ」
 経営者が変わってしまったらしい。
 当時は、近くの商店主や飲み屋のママさん達が常連で大きなスポーツが何卓も立っていたものだが、あの頃のように麻雀をバクチとして楽しむ、そんな感覚を持ち合わせている客は少なくなったようだ。
 学生もよく遊びに来るんでしょう?
「ええ、平日は。セットばかりですけど」
 私がこのK会館に久しぶりに足を運んだのは、二三年前まで、ここで遊んでいた(当時、高校生だった筈の)若い知り合いから、「K会館をご存じですか」とのメールを貰ったからだ。
 知り合いといっても実際の面識はまったくなく、ただメールを通じてだけのやり取りの中から、こうして十数年ぶりに訪れるクラブがあったりするから、人との出逢いは重要なことだし、そして素敵なことだ。

 この街には、いくつもの懐かしいクラブがある。
 残念なことにルールも打ち手も大きく様変わりしてしまったが、新しい出逢いもあるに違いない。客との出逢いだけでなく、メンバーとの出逢い、ルールとの出逢い、システムとの出逢い、そして何より、牌姿との出逢いを通じての自分との出逢い。
 麻雀の楽しみは、次にどの牌をツモってくるのか、どんな出逢いがあるのかを期待することのようにも思えてきた。