麻雀打ちの頁/雀のお宿

誰の紹介でもなく初めて入ったクラブがテンゴの店だった。

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初めてのテンゴ

天神

 旅をしなくなって何年も経った。
 初めて入るクラブは誰かの紹介、あるいは知り合いが常連、オーナーが「雀のお宿」のディープなファンだったりすることしかなくなって久しい。
 だから「名前は」と聞かれて、臆面も無く「百貫」なんて言うのが普通だったのに、そのクラブでは本名を名乗ることになった。
 何年も付き合いのある仲間にだって本名を知らない奴は多い。
 隠しているわけではない。「高倉小路・ムエタイナー・奔太郎」なんて名前は誰も本名とは思ってくれないからだ。
 勿論、冗談だ。
 う~む、6年ぶりの[街荘]だとウリのハードボイルドが微塵も見えない。やり直し。

 旅をしなくなって何年も経った。
 初めて入るクラブといってもそこには必ず百貫雀の知り合いがいるわけで、雀荘で本名を名乗ることなどないのが普通だったのに、そのクラブでは本名を名乗ることになった。
 表稼業での新年会の帰り、どこかの喫茶店ででも酔いを覚まそうと考えていた時に目に入ったフリーの看板に誘われて入った初めてのクラブだったのだ。
 どんな言われ方だったのか定かではない。会員用のカードを作るのが目的の一つだったのだろう。
 ファーストネームまで確認されて、ルール説明の儀式。ちゃんとこの儀式を受けるのは久しぶりだ。
 テンゴの半荘戦。
 知り合いのいないテンゴの店に入ったのはこれまで一度しかなく、そこは東風戦だったので、いわゆるテンゴフリーは初めてのことだ。
 少し、居心地の悪さを感じている自分がいた。
 アルコールが入っていなかったら、ここで退席(退店)したかもしれない。
 だけど、その儀式に最後まで付き合った。
 アルコールが入っていなかったら、その説明の細部につっこんだかもしれない。
 その説明を途中で遮ったかもしれない。
 鬱陶しいという思いよりも、テンゴなんだからちゃんとやらなきゃな、などと、何の根拠もないおかしな決意をしている自分がいた。
「新規のお客様には10ゲーム分の料金をサービスさせていただいています」
 なかなか、じゃないか。
 以前、10ゲーム分サービスされたのはサンマ雀荘で、いきなり現金を八千円渡されて(1ゲーム800円だった)面食らったことを思い出した。
「次回のご来店から、2ゲームづつ5回に分けてサービスさせていただきます」
 のけぞった。
 さすが、健全なテンゴフリー。
 10分ほどで卓へ案内された。

 上家の20代の若者、捨て牌する度に、牌にチョンと指を添える。とても鬱陶しい。
 下家のおっさん、チイを発生しない。とても頭にくる。
 対面のメンバー、本人はきちんとしているのだろうが、両隣の二人を注意しない。とても悲しい。
 気合が入った。
 南場に入って、明らかに場の全体を支配している自分がいた。
 トップで終了した。
 次回の半荘のゲーム料金を徴集する店長と思しき、ルール説明をした男の視線。
 ただの酔い醒ましに入っただけなんだ。警戒されたくないし、イヤな思いもしたくない。
 次の半荘は一回休み。連勝しないようにしようと決める。
 予定通り、浮きの2着。
 初めてのテンゴ雀荘だって、楽勝だ。

 昨年の12月に、別のあるテンゴ雀荘に3回、顔を出し、80半荘を打っている。
 自宅から90分以上もかけて公共の交通機関を乗り継いでせっせと通ったそのクラブのオーナーとは10年程前からの付き合いで、この[街荘」にも登場した、年に2回の大会には声をかけてくれる気の置けないクラブだ。
 月間80半荘を囲むとゲーム代のバックがあり、最後の方は、遠方から来る私のために無理やり卓を継続させてくれた感もあって、テンゴフリーそのものに特別な感慨があるわけでもないし、気負う理由はないはずなのに、この夜の自分は少し違ってた。
 アルコールが入っていたせいもあるかもしれないが、心のどこかに、テンゴは健全な娯楽、明るく楽しくマージャンを楽しむ所というイメージが常にあって、いやピンでも楽しくないなんてことは全然ないのだけれど、もっと素敵な場所、もっと純粋に牌のやり取りを楽しめなきゃいけないという気がしていた。
 そうであってほしいという気持ちが必要以上に強いのかもしれない。
 これは昔、ノーレートでやった仲間との麻雀、金銭よりももっと大事な何かを賭けていたことと関係がありそうだが、それでさえ、今でこそそう思ってはいるが、当時は本当にそこまでのことだったのかというと自信がない。
 とにかく、何か違うぞと感じながら、囲み続けた。
 あの気の置けないクラブでは、みんな真面目に打ってくれる。
 クラブでしか出会うことのない、他人と囲む際に必要な最低限のマナーを皆が守っているし、たとえそうでない人がいても(たんに経験が少ないだけの人にも)クラブ側や常連客が丁寧に導いてくれるものだ。
 ところがどうだ。この店では何もかもが野放しのように思える。
 メンバーの経験値や習熟度の問題ではない。どのメンバーも(店長と思しき男以外は)きちんとした姿勢で打っている。つまり、メンバー達は麻雀の打ち方(=楽しみ方)を知っているのに、客にそれを伝えようとはしていない。
 これは客をバカにしているのではないかと思えてくる。
 自分達とは違う、低いステージにいる人間だから、放っているのだ。

 フリー客のマナーに厳しいクラブのことを「うるさい」とか「鬱陶しい」だとか思う客は多いかもしれない。
 クラブ側にしたら、あまり言い過ぎて、客に気分を害されても、という気があるのも理解できる。
 だけど、これらの考えは、根本的に間違っている。
 アタキは、それが間違っていることを断言できる。

あれ、文章のテイストが、全然[街荘]じゃなくなってしまった、「アタキ」なんて。
こりゃ[放言]でしょ(笑)。
でも、このまま続けるゼイ!

 だけど、これらの考えは、根本的に間違っている。
 アタキは、それが間違っていることを断言できる。
 マナーの目的は「他者に不快な思いをさせない」ことだ。
 これはその通りで、アタキ自身もそれだけで充分にマナーの重要性というものを認識していた。
 でも、30年以上も囲んでいると、色々と他に見えてきたもんがある。
 偉そうに言ってしまうが、それは「麻雀をより楽しむための知恵と技術」なんだ。
 誰もが「リーチ」と発声してから牌を横向けることと、捨て牌した後に「リーチ」と言い横向けることの違いがわかるだろうか。
 後で発声したからといって、それを不快に思うのはそういうマナーがあると知っている打ち手だけのはずで、そりゃ、マナーとしては本末転倒。無ければ無いでかまわないことなんじゃないか。
 違うんだ。
 先に発声した方が、麻雀が楽しいんだ。
 先ヅモしない方が、麻雀が楽しいんだ。やり取りする点棒を少なくした方が、麻雀そのものに注力できるんだ。
 無駄な動きをしない方が、三味線なんて無い方が、麻雀を麻雀として、純粋に面白く楽しめるんだ。
 客にマナーを強要しないクラブは、客により面白い麻雀を提供するという手間を惜しんでいるだけのように思う。
 まして、それを知っていながら客に伝えない、というのは、サービスの手抜き、プロ意識の欠如、職務怠慢、職場放棄のように思う。
 もしかすると、客を自分達よりレベルの低い人間だと感じているから、マナーなんて言っても無駄、と考えているのか。
 こんなに楽しい麻雀があるのだという事実を伝えるのは、先達者、上級者の務めなんじゃないだろうか。
 まして料金を取って、客に場を提供するクラブで働いている立場のメンバーならば、それは絶対的使命と言えるんじゃないだろうか。
 知らないなら(取り敢えずは)しかたない。
 知ってるのに、というのが許せない。

 そんなことを考えていると、牌山を壊してしまった。
 チイした後、間違った牌を晒してしまった。
 マナーどころの騒ぎじゃない(笑)。
 アルコールのせいにはしたくないが、成績の方もヅガン状態となり、以降はボロボロだった。
 次にトップを取れたのは、アタキ以外の三人全員がメンバーになってしまった半荘だけだ。
 とんでもなく負けが込んだ以上に、自分の順番までに眠ってしまった際に、さすがにラス半コール。
 次回も顔を出そうと決める。
 酔いちくれて麻雀する奴が一番のマナー悪なのは間違いない。これも断言できる。

最後まで[街荘]の雰囲気、取り戻せなかった。
ココが一番のお気に入りだという何人かの方、ごめん。 次回に期待してくれ。