四鬼竜との闘い
神符館(しんぷかん)の四鬼竜が動いた。
マン子のイヤな予感が当たったのだ。
「じゃ、これであと一人だな」
「えぇっ?」
「5-4は1だろ。1はおまえのじっちゃん、緑索子(りゅうそうず)テッシンさ」
(木村さんと四鬼竜じゃ全然レベルが違うのに、ツキモのバカ、わかってない)マン子の心配をよそに打(うつ)ツキモはひょうひょうとした声で巨漢の男に声をかけた。
「あんたが、え、え~っと、そうだ、ブタの重戦車だ」
「何をっ、俺が相手だ!」
天才、槓栄晃(かんろんあきら)はアツくなっている三人を見やり「お前達こそ気を付けろよ」ケンを決め込んだ。
「槓栄がああ言うんだ、本物だろうよ」
南家と西家は廻し気味に手を進めた。
ツキモの親番で北家が三巡目にドラを捨て、先制立直をかけた。
(出た、北の重戦車だ)
「おらおら、どうした、立直だぜ」しかし、ひるむかと思われたツキモはウケに回りながらも自分の手をまとめている。
先制立直で押している筈の北家は、ツモ切りを続け、ドラ含みの一面子がかぶってしまった。そして、流局間際にドラを持ってきて、ツキモの断么九ドラ二に放銃した。
「一丁あがり、と。お次は誰?」
一本場で南家がいきなり両面をチイした。
(出た、早アガリならこの人の右に出る者はいない)
しかし、ツキモも同様に食い仕掛け、チイポン合戦の結果、何とか連荘を果たした。
「ほう、食い仕掛けで互角に戦うかよ、小僧」観戦しているテッシンのつぶやき。
二本場になり南家がいきなり両面をチイし、下家の西をポンし、更に下家の北をポンした。親が一枚を捨てただけ、北家などは一牌もツモっていないのに三面子が完成だ。
「今度の大会まで見せたくはなかったのだが、『飛燕三副露』とでも名付けようか」
「面白い技だね。だけど俺は同じ手は使わないよ」
「使わないじゃなく、使えないとはっきり言ったらどうだ」
ツキモ、ニヤリ。北家の第一打牌をチイして、南家の牌を三回連続のポン。
「…ま、まさか『四副露』とは」南家もツキモの前に破れ去った。
「俺が本当の麻雀を見せてやろう。麻雀は先制立直でも早い食い仕掛けでもない」西家の陣内は自信ありげに言い放つ。「その前に俺の得意技を教えといてやろう」
陣内は卓上の牌を一枚裏向きのままスーッと手前に引き寄せ言った。
「赤五筒!」
表向けるとその通りだ。
「ふ~ん、本当の麻雀が先制立直でも早い食い仕掛けでもなく、触れずの盲牌だってこと?」
「あ、ドラがかぶった」ドラのをツモ切って陣内が残念そうに呟く。
「陣内の本当の恐ろしさは、奴は本気でケンカがやれるということよ」テッシンが言う。「さすがに大会ではやらんがのう」
「ええ、それで助かってます」槓栄晃は応えた。
二人の読みどうり陣内の手牌は
陣内はリーチをかけ、一発で高目のを自摸。
裏が一枚乗って数え役満。ツキモの親っかぶりだ。
「へぇ、あんた死にたいんだ」ツキモは言った。
違う、違う、この科白は、ブラジルまでとっとかなくちゃいけない。
「こんな戦い方なら俺の方がずっと得意だ」ツキモはあわてて言い直した。
「まだドボンじゃないんだろ、そうこなくっちゃな」
陣内の誘いに乗るようにツキモは立直をかけた。
ドラはで、捨て牌は、
この時の陣内の手牌は、
ここにを持ってきて、槓。
槓ドラは。
嶺上から。
「追い掛けリーチだあ~!」
を切った途端にツキモが「ロン!」。
ん、ん、ん?
なんとチョンボ。それに四巡目に切ったを置いておけば純正の九連宝灯。
あたりは静まりかえった。
ツキモは自らの九連宝灯の聴牌を捨ててまでも、陣内の緑一色四暗刻単騎を防いだのだった。
「あれよ。あれが、わしが若い頃見た打延命流(うつえんめいりゅう)。まぎれもなくこの時代に生きておったか。確か技の名は『無茶波』…」
テッシンは身の内が震えるのを感じた。「ツキモの小僧、この老いぼれの血を熱くさせてくれるわい」
陣内はそれからヅカン状態に陥り、ツキモの圧勝となった。
「じゃ、槓栄さん、やろうか」陣内との決着が付いた後に、ツキモは天才、槓栄晃に言った。
「やめて、ツキモ!」マン子の声。
「そんなチョンボをやって、まだ戦うなんてバカにもほどがあるわ。おじいさま言って、やめさせて。どうして男の人達はそんなに戦い続けるの!」
「ふっ」ツキモのため息。
「槓栄よ、マン子に助けられたな」テッシン。
「はい、館長」槓栄晃。
(えっ?私が槓栄さんを助けた?)不思議がるマン子にツキモは言った。
「ハラが減ったよ、マン子。何か食べさせておくれ」
「お前が陣内に使った技を破るために槓栄は山ごもりしたそうだ」
「"無茶波"は破れないよ、いくら槓栄さんでもね」ツキモは木村に答えた。
「槓栄は本当に天才なんだ。あいつは出来もしないことを口にしたりしない。だけど何だかおかしな話だが、俺はお前がどこまで行くのか見てみたい気がするよ」
(自動卓で闘った時のツキモとこうしてごはんツブを顔に付けてるツキモ、どっちが本当なんだろう)マン子は思った。
「ん?何か俺の顔に付いてるか」
深夜。
(来ている)ツキモはゆっくりと卓に向った。
ガバッ。
(あっ、イヤな予感)マン子は飛び起きて、卓のある部屋に向った。
(やっぱり…)マン子が目にしたものは向き合った、ツキモと槓栄晃二人の姿。
「おじい様、イヤ、お願い、止めて!おじい様ならできるでしょ」
「できぬよ、誰にもできぬ」テッシンの言葉どおり、二人を止められる者はいそうにない。
二人は場決めを終えてサイコロを振って、配牌を取り始めたのだった。二人麻雀をやるつもりらしい。
仕方ないのでテッシンと木村が空いている席に付いた。
配牌を取りおえたにも関わらず二人とも動かない。
張り詰めた空気。
(空気が重たい)。
いつまでたっても動かないのでテッシンがつぶやいた。
「親が捨てぬと勝負は始まらぬ」
その途端にツキモは自分が荘家であることを思い出したかのように第一打を河に捨てた。
闘いが始まった。
ツキモと槓栄の技の応酬で、一進一退を繰り返していたが槓栄晃は言った。
「そろそろ、出してみないか」
槓栄晃は、打延命流奥義『無茶波』を誘ったのだ。そしてそれを出すお膳立てをするかのように
親でドラのをカンしたら、カンドラまでになった。
これだけで 24000 点の手。
嶺上牌のを槓栄晃がツモ切った途端にツキモがロン!
ロン
明らかなチョンボ。
天才、槓栄晃の親バイは破られたかに思えたが、途端に槓栄晃の右手が動き、暗槓した四枚のの内の裏向きの二枚を表向けたら、それがでなく、だった。
「『無茶波』破れたり!」槓栄晃は本来ならば親でチョンボをしたにも関わらず、先にツキモのチョンボが発覚したために、罰符支払いの罰を受けることはないのだった。
ツキモの劣勢は明らかだった。
「打、もう終わりにしよう」槓栄晃は言った。
「まだだ。俺はまだ『無茶波』なんて出していない」ツキモの予想外の言葉に誰もが驚いた。
「陣内さんに使った技だって、俺はあれが『無茶波』だなんて一言も言ってないぜ」
(イヤ、あれこそがわしが昔、ツキモのじいさん、打玄斎に使われた『無茶波』の筈だが…。
そうか、あの小僧、なかなかやりおるわい)テッシン。
(ブラフか。もしそうなら、ツキモ、お前の負けだ。槓栄はそんなに甘くはないぞ)木村。
ツキモのブラフを思わせるような三味線に一瞬押され気味だった槓栄に大物手が入った。
四巡目で
(ドラ)
もも河には1枚も出ていない。
(今の流れならば和了れる)そう槓栄晃が思った途端に、ツキモがを暗槓。
槓栄晃の国士無双、成らず。
がっくりときた槓栄が、暗刻になったを既に一枚捨てられているのを見て河に置く。
途端に、木村が「ロン、国士無双!」。
ツキモのを暗槓こそは嘘の暗槓だったのだ。
「これが本当の『無茶波』か。
考えてみれば、ドラがなのにを暗槓できる筈がない…」
槓栄晃は倒れる間際に呟いた。
「さすが、打延命流、誰もが気付きそうな嘘の暗槓を平気でやって、相手のヘマを誘う人殺しの技、と言うよりも、人でなしの技…」
テッシンも深くため息をついた。
(槓栄さん、あんたが開けちまったんだぜ。この修羅のロン)
伝説はこうして始まった。