麻雀打ちの頁/雀のお宿

自分では踏み込めない男。踏み込まないのではなく、踏み込めないのだ。武田を哀れなものと感じている私がいた…。

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3. I hate the Sun goes down

落陽に胸を痛めて

牌を抱いて眠れ-3

 武田のオフィスは名刺で知っていた。
「おやおや、俺は死んだ奴には用はないって言ったつもりだがな」
 どこまでもとぼけるつもりか。
「いいか、下手な芝居はもういい。この俺に付かせたい卓があるんだろ。場所と時刻が決まったらこのホテルに連絡するんだ。必ず二日前にはな」
 武田は頭をかきながら口元に笑いを浮かべた。
「そうか、息子がちくったか。確かにあんたはウルフだ」
 自分では踏み込めない男。踏み込まないのではなく、踏み込めないのだ。武田を哀れなものと感じている私がいた。
「勝ち分は折半、それでいいな」
「俺は負けない。セッティングしかしないお前には、せいぜいがとこ三分が相場だ」
 金が目当てで卓に付くのではないが、裏で登りつめるには金が必要なのだ。レートが高い場であればあるほど、最初の保証として大きな見せ金が必要になってくる。トップクラスの場に立たないことには、不二子の消息はつかめないと感じた。
「いいだろう。月に二度ほど大きな卓が立つ。あんたの腕なら、半年もかからずにトップクラスの卓に座れるようになるかもしれない」
 裏世界で立つ卓にはランクがあって、何の実績もない打ち手がいきなり大きな卓に付くことはない。一つのランクで勝利したものだけが上のランクの卓に付ける。ランクが上がれば、当然勝った時の報酬は大きいが、負けた時に失うものも馬鹿にならない。
 不二子が深く関わっていた裏世界の麻雀に私は挑もうとしている。そのためには武田の力が必要なのだ。ウルフといっても私は表世界の打ち手の一人に過ぎなかったし、それとて過去の栄光だ。
 不二子のために何かをやるのではない。私自身のために不二子の消息を明らかにするのだ。不二子に会えれば、本当の私が、私が私のままでいられる。


 長嶺がある時、芸能活動や執筆活動から遠のいた。それまで長嶺がこなしてきた様々な仕事が私の所に舞い込んで来るようになった。人気も収入も絶頂期の私は、長嶺も疲れたのか、と思ったものだ。
 新しく発足した健全麻雀の協会のパーティーで久しぶりに顔を会わせた長嶺はそれまでの精彩がなく、笑顔で近寄ってくる相手を邪魔くさそうに追い払っていた。私は長嶺の眼を見た瞬間に理解できた。長嶺はかつて私達が何度も試みて成功しなかった、トップ率35%の壁に挑んでいるのだ。私が忘れてしまった、麻雀の研究をまた始めたのだ。
 笑いながら、それにどんな意味があるのかと尋ねた私を遠い物でも見るかのようにあしらった仕種が、私の中の何かを刺激した。
 この時の長嶺が心の奥に引っ掛かったまま、私は多くの活動をこなしていた。私とは違う道を進んだのだと割り切っていたし、長嶺の活動だって長い目で見ればこの世界に役立つことなのだ。嫉妬ではない。少なくとも、そう思い込みたい私がいた。

 とある公開対局の客の中に髪の長い女を見つけた。
 女の視線は数多くの客の中にあって、私を射抜くようなするどさがあり、対局中ずっと気になってしかたがなかった。
 対局が終わってのサイン会の途中で女が寄ってきて、ぽつりと、二局目の第三打はぬるかったわと言った。私は驚いた。目を合わせた女は私を哀れむような表情をみせた。
 不二子との出逢い。
 あの局面での打ち方をぬるい、と判断できる人間は、まずいないだろう。私自身でさえも一瞬しまったと感じたものの、もう一つの選択と比較しても確率的には五分五分である。ただ、北家であったことを考えるとベストの選択とは言えず、西家か南家ならばあれが最善手なのだ。
 長い髪、薄い唇、深い瞳。一目で私は不二子に魂を奪われた。


「強い男が好きなの」
 ベッドの中で不二子はいつも口にした。
「誰よりも早く聴牌して、いつも高目を自摸り和了る、そんな男が好きなの」
 私の上に乗っていつもそんな言葉を投げる不二子のためなら、もっと強くなろうと思った。麻雀なんてどうでもいい。私にとっては不二子に喜ばれることの方が何倍も大事なことだと思えた。

 しばらくして、不二子が長嶺とも付き合っていることを知った私はたいして驚きもしなかった。
 知っていた。いや、判っていたのだ。長嶺の変化は不二子に出逢ったからに違いないという確信があった。長嶺は不二子を満足させるために、トップ率35%を超える領域に挑戦しているのだ。
 不二子のためにそれまでの活動をすべてやめて、麻雀研究に没頭できる長嶺の単純さに嫉妬した。私にはできないと思えたし、長嶺がやっていることと同じ土俵で不二子を奪い合っても私には分がない。もっと別の方法で不二子をつなぎ止めておきたかった。

 長嶺と付き合っている事実を不二子が隠そうともしなくなった頃から私の生活は少しずつ崩れかけてきた。
 長嶺への嫉妬心が一日中、私を支配した。不二子の内腿に新しいうっ血した指の跡を見つけた時、その思いは頂点に達した。そこに跡が残るような体位で、長嶺と不二子が睦んでいる様子を思い浮かべるといたたまれなくなった。どんな仕事もいい加減にしかこなせず、結果として麻雀タレントとしての私は華やかな世界からは、はじき出されるような扱いを受けた。
 そして、ようやく私は決心した。長嶺にできないことをやるしか道はないのだ。
 不二子の気持ちを私につなぎ止めておくために、長嶺にはできなかったけれども、私にできること。それはただ一つ、不二子と別れることだ。
 不二子と別れることで、私なりに麻雀を極められる可能性が残されている。不二子と別れることで、長嶺とは違う領域にまで踏み込めるかもしれない。

 不二子と別れ、それまでの活動を一切やめた。私が麻雀タレントとしての活動に終止符を打ってから、別の打ち手がマスメディアを賑わすようになった。
 替わりはいくらでも出てくるものだ。しかし、不二子の替わりなんて考えられない。


 麻雀を極めるために何が必要なのか。簡単に思い付くことはそれまでにすべて経験してきた。最初から始めるしかないな、と理解できるまでにそんなに時間はかからなかった。
 プロを目指した若い頃にやったことの繰り返し。
 十四枚の牌を任意に選んですぐに伏せる。それを九回繰り返した後で、残りの十枚の牌が思っている通りの牌かどうか。三日も続けると充分だと思えた。この作業にどのような困難さも見つけることはできなくなった。つまりはいつも正確な答が出せてしまう自分が蘇ったのだ。
 パソコンを三台並べて、それぞれ違う相手、計九人とネット麻雀をやる。これも一週間で、私の三人分のレート値はどれも2000に届き、二週間目には2200を超えた。
 巷のフリー雀荘に出かけ、自分に制限を付けて戦う。この半荘での和了りは萬子を一切使わない、必ず一盃口を使って和了る、などの制限。
 どれも他愛ない練習だが、続けることで見えて来るものが確かにある。それまではっきりとは意識しなかった牌の熱を感じることができるようになった。誰かが必要にしている牌は、そうでない牌よりも温度が高いのだ。複数の人間にとって必要な牌、あるいは高い得点を構成する場合にはさらに熱い。
 また、牌の重みもそうだ。後から面子を構成するために重要になる牌はそうでない牌よりも重い。
 牌が熱いから、あるいは重いから取っておけばいいというような簡単なことではない。だからこそ早切りする必要もあるし、ぎりぎりまで絞らなければいけない局面もある。それをつかんだためにオリに回らなければいけないこともある。
 実際の牌が熱を持っていたりいきなり重量が増えたりするはずもなく、これは私の熟練した目が状況によって、それらの牌に特別な意味を勝手に持たせている結果なのは言うまでもない。それを誰にでも理解できる言葉で説明できない限り、オカルトの一言で済まされる類いのことだ。 しかし、今の私は麻雀理論を広く伝えるための活動をしているわけではないので、自分だけがそう信じてそれの結果に満足さえすればいい状況にあるのだ。
 確かに強くなっている自分を意識できた。
 しかし、まだまだ長嶺に差を付けられる程度ではないこともはっきりとしていた。

 不二子のことは思い続けていた。
 特に夕陽が沈む時刻には胸が痛んだ。 不二子は沈む夕陽を見るのが好きだったのだ。 この時間、どこかに長嶺と不二子が一緒にいるのかと思うだけでどうしようもない狂おしさに襲われた。
 私は夕陽が嫌いになった。