麻雀打ちの頁/雀のお宿

明るい、最初にそう感じた。武田に言われて入ったシティホテルの最上階の部屋は入り口からは想像しづらい形のスイート…。

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4. Sunny side of the street

明るい表通りで

牌を抱いて眠れ-4

 明るい、最初にそう感じた。 武田に言われて入ったシティホテルの最上階の部屋は入り口からは想像しづらい形のスイート。
「初めての人、こっちね」
 ゲストスペースの奥からかけられた口調で、籐椅子に掛けている小柄な男が今回の手配師の陳だと知れた。
「トクタケタから聞いてる。 トクはまだけどルールはいいね」
 ルールは武田から聞いていた。 連荘なしの廻り親で八局が一勝負。 それを六回くり返し、トータルの持ち点が一番上の人間だけが勝ち。 一勝負ごとに賭け金を供出するシステムで、途中でいつ勝負を降りてもかまわないが、一度、供出した賭け金は戻らない。 最後まで戦わないと、勝ちにはならないが、最終的に勝てもしないのに長く勝負を続けることは傷口を広げるだけなので、早々に切り上げるのが正解だ。
 最初の勝負は八百万、二度目は六百万、三度目が四百万、四度目の勝負から最後の六回目の勝負までの供出金は二百万。 四者全員が最後まで勝負した場合の供出金の合計は一億近くになり、その八割五分が勝利者の賞金となる。
「トクから預かってるのは二回分だけよ。 三度目の勝負に加わるには、ニイさん自身ナンとかしなくちゃね」
 八局の勝負、二回で決着を付けろ。 武田が言っていた意味がわかった。

 最初の勝負、六局目に国士無双を出和了りした。 私に振り込んだ人間が次の勝負に参戦することはないだろうと思えたが、他の二人は微妙な腕だ。
 八局目に対面のサングラスが四暗刻をツモ和了った。
 二度目の勝負は、対面のサングラスと私だけの戦いになって、陳が準備した代打ち二人が卓についた。
 誰も和了らない局が三局続いた後に、代打ちの一人が跳ね満を私から和了った。 代打ちが和了る意味が何なのか理解できない。 ノーマークだったわけではないが、高目で勝負に参戦している私の牌を見逃すものかどうかを計ったのだ。 奴らは私の知らない所で、別の勝負に参加しているのかもしれないと感じた。
 振り込んだ後は逆にやりやすくなった。 しかし、私の手は進まなかった。 サングラスとの点差が縮まることなく二度目の八局が終了した。
「お二方とも、次の勝負、問題ナイね」
 陳は当たり前のように三度目の勝負の開始を告げた。 武田は三度目の勝負の供出金を用意はしていないはずなのだが、何らかの密約が陳と武田との間で交わされているのかもしれない。
 三度目の八局は、すべて私の局だった。 六局を和了り、その内の五回はリーチしての七対子。 サングラスとのトータルの差は二万点足らずしかなかったが、サングラスの男は四度目の勝負を降りた。
 降りることができる勝負なら降りるべきだ。 サングラスの男は勝負を降りることで、自らの命を長らえた。 どこか、ほっとした自分に気付いた。 長嶺の時のように、この男を殺さずにすんだ。

「さすが、圧倒的ね。 トクから聞いてたとおり」
 陳と武田の間にどのような取り決めがなされているのか知らないが、明らかにしておくべきこともある。
「三度目の四百万は、ワタシの個人的な貸し金。 全部、ワタシのもの」
 仕方ない。 陳がそうしなければ勝負はあそこで終わっていたのだ。
 今回の四者の供出金、五千二百万の内、勝者である私の取り分は四千四百二十万から三度目の勝負金を省いた三千六百万。 武田が実際に準備した額、一千四百万を除くと二千二百万にしかならない。 次の場でも供出金に関しての何らかのトリックが必要だ。
 場をセッティングしただけの陳の懐には、一千二百万が残った計算になる。 どんなシステムであれ、博打で蔵を立てることができるのは胴師だけのようだ。
「トクには連絡、入ってる。 来週もこのまま続けると聞いた」
 陳が仕切る場が来週も立つのなら充分な額が残った計算になる。 手牌師が同じなら、動く金銭にたいした変化はないはずだ。
 明るすぎる陽光の中で陳が見せた笑い顔の中に、腐った何かが見えたような気がした。


 その年の雀竜王戦で、私と長嶺は久々に公式戦で顔を合わせた。 テレビの全国ネットのキー局が後援したこともあって、その戦いは多くの麻雀ファンの目に触れることになった。
 私も長嶺も予選から他のメンバーを圧倒して決勝卓まで勝ち進んだ。 他の出場者が目標にしたものは、麻雀の大会としてはそれまでで最も高額な優勝賞金だったが、長嶺が見ていたものは不二子だけであり、私が見据えていたのはそんな長嶺だけだった。
 決勝卓の四半荘を私と長嶺が二回づつトップを取り、最後の五半荘目には他の二人は何もできなくなった。 局を進めることに何の意味もなくなってしまっていたのだ。 それまで放銃を避けることにも意識を割いていた私は、ただ和了り切ることだけに集中すればよい。 そして、それは長嶺も同じ条件だ。
 私達はその半荘の全ての局、十一局の内、十局にリーチをかけ、どちらかがツモり和了った。
 結果はオーラスの親でダブルリーチをかけ、海底寸前で四暗刻をツモった長嶺の優勝になった。 出和了りを拒否し裏ドラに頼ることなく、一発逆転の手を長嶺は成就したのだ。 親での連荘を拒否してまでもの力強い和了。
「強い男が好きなの」
 私の耳に不二子の声が聞こえてきたような気がした。

 それから次の年の雀竜王戦までの一年間に渡る戦いが、私の表プロとしての最終的な戦績であり、長嶺にとっては人生の終焉だった。 次の年、私は勝ち、長嶺は死んだ。 長嶺と不二子の挙式の一週間後のことだった。


「陳の手配が一番、早いはずだ」
 濃い煙りを吐き出しながら、武田は満足そうな顔で言った。 不二子の消息を手繰るには、裏世界のトップに辿り着かねばならず、そしてその最短ルートは陳が手配する場に乗るのが一番早い。 武田の言葉をそのまま信じるわけではないが、今の私にはそれを疑うことよりも目先の勝負を一つづつ片付けることの方が重要なことだ。
「陳に聞いた。 あんたまた、殺しそうになったそうじゃないか。 あの時みたいに」
 葉巻きの甘い香りを吹き払いながら、私は武田の言葉を無視することにした。
「別にかまやしないんだ、対戦相手をどうしようとも」
 武田クラスの打ち手にも、あの最後の雀竜王戦での事実が見えていたということか。
「長嶺は死んだんじゃない。 ウルフが麻雀で、そう、あんたが卓上で殺したんだ」
 麻雀で人を殺した。 私は長嶺を雀竜王戦で殺した。 長い間、忘れようとしていた事実を武田は今、明らかにしようとしている。
「これから先の勝負では、あんたが人を殺すことだって普通に起こることだという気がするんだ」
 武田に言われるまでもなく、私もそう感じていた。 サングラスの男を私が殺さなかったのは、そうなる前に相手が勝負から降りたからだ。 よくわかっていた。 私の麻雀は汚れている。

 次の週の勝負は二回で決着を見た。
「ウルフさん、トクタケタが言ってた、あなたの本気、まだ見せないね」
 いや、せいいっぱいだ。 私は最高の姿勢で一打一打を継続できていた。 陳が言っているのが、麻雀で人を殺すことなら、それは私の本気ではない。 相手が勝手に死ぬのではない。 殺すのだ。 そのための手段は、麻雀の本気とは別のところにある。
 陳が手配する場の三回目を制した時に、私と武田の持ち金が二億円を超えた。 そしてようやくこの世界でも、私の噂が広まってきたらしい。
「これからのショブは、今までと違うね。 ウルフさん、ワタシもあなたに乗ることにした」
 陳の資金力を足すことで一挙に二ランク上の場に付けることになる。
「タカラ今度から、本気、見せてね」
 人を殺すとは、勝ち負けとは別のことなのだ。 陳に説明してもわかるとは思えない。 結果として人を殺すのではなく、殺そうとする意志を持って確実に殺す。
 衆目が集まった、あの最後の雀竜王戦で起こった悲劇は事故ではなく殺人だった。 誰にもそうとは知れることがなかったが、武田クラスの打ち手でも見抜いていた。 死んだ長嶺自身にもわかっていた。 そして、不二子にも。
 たまたま起こった悲惨な結果などではなく、私の中の獣が、そうするつもりで長嶺を殺した。 後の死体が明るい通りにさらされることまで計算づくで、私が麻雀で長嶺を殺した。
 人を殺すことのできる麻雀。 それが私の身に付けた麻雀だった。