麻雀打ちの頁/雀のお宿

ある雀荘で見かけた静かな一人の打ち手についていろいろと思ったこと。その人はいつも同じしぐさで同じ態度でいつも静かで、それに興味を覚えてからはその人から目を離せなくなった。

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静かな人

雀荘で見かけたその人はとても静かな打ち手だった…

その人と初めて打ったのは昔のこと。
あまり印象は強くなかった。勝ったのか負けたのかおぼえていない。
記憶に残っていることといえば、摸打のモーションと点数を申告する時の声。
牌をツモって捨てるまでの動作と、小さいけれでもはっきりとした声。
その人は静かな打ち手だった。

牌山に手を伸ばして、ツモってきた牌を手牌の右で表向け、それを河に捨てる。
ゆったりとした動きのように思えて、その実、他の人よりも短い時間での摸打。 動きに無駄がないので優雅な感じさえする。
捨てる時の右手はほんの少ししか手前に出ていないのに気付いたのは、ずっと後のこと。 その人が捨てる牌は、右手の手元から指の下を滑るようにして河まで到達した。 そして音もなく、それがあるべき場所に並べられた。
一瞬ピンと伸ばされることがあったその人の中指と人さし指はとても長かった。

「2600点です」というのが、その人の声を聞いた初めてのはず。
それまで何も言わなかったことに気付いたのは、この点数申告の声を聞き覚えがないことからだ。
その人の声はどちらかといえば小さな方だったが、それはよく聞こえた。 周囲のざわめきの中にあっても、その小さな声は、強い意志を持って三人の耳に届いた。
それ以下では聞こえないかもしれない小さな声は、それ以上である必要はないボリュームの声。
その人の声は同卓の三人には聞こえたが、となりの卓の誰にも聞こえることはなかった。

たんたんと繰り返される摸打の中で、その人の打牌はあまり皆の注意を引くことはなかった。
先制リーチに対してはオリにまわることの方が多かったのか。
たしかに放銃は少なかったが、和了の回数も同じように少なかったような気がする。
しかし流局時にはいつも聴牌していた。
その人はほとんどリーチをかけず、副露することもなく、そしてあまり和了らずにいた。
だけど、聴牌料はいつもその人がものにした。

二度目にその人を見かけたのは、別のフリー店でのこと。
少し離れた卓で、たぶん静かに、その人は打っていた。
途中で目が合った時にこちらが少し会釈するとその人は少し驚いた表情をした。 すぐに軽く会釈を返してくれたが、見知らぬ誰にしても違和感がないくらいの態度。 その人はこちらのことなどおぼえていないのだろうと思った。
その日、その店で、その人と同じ卓につくことはなかった。

次にその人と囲む機会が訪れた時、勝ちたいと思った。
その人の悠然さを壊してみたい衝動にかられた。 その人の静かな物腰の向こうにあるかもしれない、誰でも持っているはずの何かを見てみたい。
しかし先制リーチは空振りに終わることが多かった。
早い喰い仕掛けもかわされてしまう。
門前での重い手作りは、逆にその人のペースにはまってしまう。
何をやってもその人を沈めることはできなかった。 その人の静かさは何に邪魔されることもなかった。
初めて気付いた。 その人の麻雀は、こちらのそれを凌駕していた。
その人の静かな麻雀は、三人のレベルをはるか超えたところにあった。

それから、ずっとその人のことを気にかけるようになった。
その人はそうとは知られることなく、常勝の打ち手だった。
古くからの仲間の一人である、ある店の店長は、その人がラスを引くのを見たことがないと口にした。 そしてもうひとつ、その人が連続でトップを取ることもないとも言った。
その人は、負けないだけでなく、勝ち続けることのない打ち手でもあった。

ある時、かなりキツい二人と闘っている卓にその人が入ってきた。
申し合わせたように誰もリーチをかけない局が何度か続いた。
十二巡目あたりになると、みんなの胃がキリキリと痛むような、重い雰囲気。
それでもその人の打牌は一定のリズムを刻んだ。
抜け出したいと思った。
この卓から、この状況から、何度も抜けたいと思った。
その人の静かな姿勢を前にいることはとても辛いことだった。
しかし、終わってみると、誰の顔にもすがすがしさが見て取れた。
その人の表情は変わらなかったが、こんな闘いも素敵だと思えた。

その人の副露は、他の三人を怖れさせた。
副露した後は決まったように一、二巡後にツモり和了る。
「チイ」という発声と点数申告の声とは、一つのまとまりのようなもの。
その人が「チイ」あるいは「ポン」と、小さな声で言うだけで、点棒を支払いそうになる。
その人のおだやかな声は、他の三人を何かの暗示にかけていたのかもしれない。
優しい、というのとは少し違う、温度の低い響き。 その人の静かな声は、澄んだ空気の中でこそ本性をあらわしそうな、とても小さな声だった。 耳に届くのは声そのものでなく、その人の意志だったのかもしれない。
それでも、その人が副露することはとても少なかった。

その人を真似てみようと思った。
何も物言わずに一定のリズムで摸打を繰り返す。
一定のリズムで、だけならそんなに困難ではなかった。 だがミスを何度もおかした。
明らかなミスを繰り返すようでは、その人とは似つかない。
手拍子ではいけない。 この状況でのこの一打、それをたんたんと繰り返すことが必要なのだ。
その人を真似ることはできない。 たぶん、誰もできない。

その人の後ろで観戦する機会にめぐまれた。
九種で倒牌しない場面があった。
しかし、国士に走るでもなく、チャンタや飜牌を絡ませるでもなく、その人は平和を目指した。
和了ることはなかったが、その手筋は、こちらの理解を超えたものだ。
その手牌の進行を何度も思い返してみたが、その選択はできない。 普通はできない、絶対に。

その人がカンする場面にも遭遇することはなかった。
カンを嫌っているというよりは「カン」と発声することを避けていたのかも知れない。
…、まさか。

その人が一色に走ることも少なかったような気がする。
まったく無かったのかどうか、本当の所はわからない。
その人は、とても静かな人だった。

麻雀の奥深い所までがその人に見えていたとは思わない。
いや、あまり思いたくはない。
その人に見えていた何かが本当にあるとしても、それは麻雀の本質とは言えないはずだ。
いや誰にもそれはわからないことだし、そうであっても、ただ、そうなだけだ。

その人の静かさは、その静かさをして対局している者達の心を騒がせた。
もっと素直に騒ぎ立てれば、その人の静かさに対抗できたのかもしれない。
だが、抗うこと以上に、その静かさに飲み込まれることに心地よさを覚えたのも事実。
その人の静かさは、対戦者を骨抜きにしたのかもしれない。

その人はとても静かで、そして常勝の打ち手だった。
そして負けることなく、この世界の人ではなくなった。