麻雀打ちの頁/雀のお宿

赤ドラの意義とその優位性について。結果に及ぼす影響の大きさを他のインフレオプションと比較し、赤ドラを認めない人々は頭が堅いだけでなく、頭が悪いという結論は本当に正しいか。

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赤ドラの逆襲

赤ドラのない麻雀なんて…

赤、赤、赤。
燃えるような赤、情熱の赤、照り付ける太陽の赤、血まみれの赤、辛子明太子の赤、ルビーの赤、レッドカードの赤、赤コーナーの赤、郵便ポストの赤、印鑑の赤、共産主義の赤、真っ赤なポルシェの赤、そして赤ドラの赤。
配牌で赤ドラが二つもあると、それだけでガゼン勇気が沸いてくる。 身体中に、自分が本来持っている以上の強いチカラがみなぎるような、そんな錯覚さえ覚える。
赤という色に不思議なパワーを感じてしまうのはアタキだけではありますまい。

今は亡き某藤原君がこんなことを言っていた。
「無闇なインフレルールはイヤなので、裏ドラはあってもイイけど、赤ドラみたいなのは嫌いです」
世の中の麻雀愛好者の麻雀観は千差万別なので彼が何を思ってもイイのだけれど、その言質は明らかに矛盾しているというか、論理的に破綻しているというか、何かこうスッキリしないものをその時感じてしまった。
私の常識で言えば「赤ドラよりも裏ドラの方がインフレ化を助長する」のだ。
しかし彼の言わんとするところも、まったく理解できないわけでもなく、それでもアタキの大好きな『赤ドラ』が不当な評価を受けているのではないか、という危惧を抱いたのも確かだ。 赤ドラの持つ重要な意味を自分自身でも再確認したいという欲求から、パソコン通信の麻雀関連の集いの中で『赤ドラ擁護論』というクダラナイ論理を展開した暗い過去を持つのはアタキだ。

フリー雀荘を主体とした話ではなく、それ以外の場での話だ。 会社の同僚と酒を飲んだ後で囲む時、学生が下宿でこたつの台を裏返して囲む時、正月に家族や親戚と囲む時、あるいは何らかの競技会や大会で囲む時、ゲームセンターにある脱衣麻雀、こんな時に『赤ドラ』はどれくらい皆を楽しませているのかというと、その実、ほとんど役立っていないというか、あまり採用されていないようなのだ。
おいおい、裏ドラを付けるのはイイのに、赤ドラがダメなのは一体どういうわけだ~っ。 お前ら、何か勘違いしてねーかっ。

一般にインフレを助長する要素としては次のものが考えられる。

・完全に浸透したモノ
常のドラ/場ゾロ/途中リーチ(ダブルリーチでない、普通のリーチ)
・かなり普及したモノ
リーチ一発/裏ドラ/槓ドラ/赤ドラ
・将来、普及する可能性があるモノ
必要以上に大きな本場/リャンシバなどの和了り飜数の制限/どじょう(アリス)/ワレ目/ドボン/新役、ローカル役

インフレ化が進んだきた歴史はとりもなおさず、昔からある役の相対価値を低くしてきた歴史でもあるが、ここで問題にしたいのは真ん中のグループである。 一発や裏ドラ槓ドラト比べて、赤ドラは本当にイカンのか。何が違うのか。
話を簡単にするために赤ドラもこのグループに入れてしまったが、アタキの認識ではこの中では赤ドラが最も一般的ではないものだと思う。
どうして他の要素よりも、赤は嫌われているのだろうか。

まず第一に、赤にはトッテ付けたような印象がある。
通常のドラであれば局ごとに変わるので、どの牌も平等にドラになる権利を有しているのに対して、赤は最初から常にドラだ。 ただ色が塗ってあるだけなのに、それだけで一飜の価値がある。 それもたったの一枚で。
三枚集めないと一飜にならない發や中の立場はドーナルーッ、と叫んだのは鹿児島出身の大門君(勝手に名前出してゴメンよ~)だが、彼の憤りももっともだ。 もっともではあるけど、世の中なんて不条理なものだ。 東西南北でなく東南西北のようにまぁそんなモノかぁくらいの気落ちで怒りを鎮めてくれないだろうか、大門君。 ん~、やっぱ納得できないのは、この赤が何の歴史もない比較的新しい文化であるという事実が災いしているのかもしれない(いや、歴史を作るのは俺達だぜ)。 ところで、一発と赤はどちらの方が昔からあるのだろう。 赤牌の方はいつ頃生まれたのか、調べればわかるような気がするが、一発の方は無理だろうな。
トッテ付けたような印象ということについて、研究家&ゲーマーの草場純さんがズバリと言ったのは『デュプリケーションの破壊』ということだ。 麻雀の牌はどれも一種類四枚ずつで構成されているのに、その中の一枚だけが赤いというアンビバレントな状況というものが、生理的な不快感を呼び起こす結果、赤が広まらないのだ、ということだ。 これもよくわかる。
だけどそんなことも、ゼ~ンブ含めて、許してほしいのヨ。

勝負に及ぼす影響について、一発や裏ドラとの違いを明確にしてくれたのは、大阪転勤になったハワ君だ(勝手に名前だしてゴメンよ~)。
一発や裏ドラはリーチのオプションである。 赤ドラはそうではない。裏ドラは局が終了するまで乗ってるのか乗ってないのかわからない。
赤ドラは最初からわかってる。 この結果、リーチや一発があるルールでは門前に重きがおかれ、リーチが重宝される。 赤の場合は鳴いても一飜であることが多いので、赤を使ってのアガリが優先される。 まして赤は祝儀と絡むことも多い。
一局単位の攻防を考えると門前を重視するルールの方が格調高く感じられるが、半荘単位の攻防を考えると偶然性を排除したルール(赤アリ、裏ナシ)の方が深いに違いない。 百貫さん(アタキのこと)がそんなに赤を好きなのは一発や裏ドラがないスポーツ麻雀をやり過ぎたせいでしょう。

彼の言うことは正しい。 しかも彼は麻雀が強い。だから余計に彼の言うことは正しい。
一発と裏ドラ(とアリス)はどれもリーチに附随する。 門前を重視し、リーチ宣言することのオプションである。 いわゆるフリー対戦が「リーチ麻雀」と 呼ばれるのも、この『リーチ重視』の考え方に基づいている。「リーチ麻雀」と呼ばれるモノとそうでないモノとの一番大きな違いは、リーチが起こる頻度に違いない。
この風潮が良いとか悪いとかそんなことはドーデモイイのだけれど、リーチするのが当たり前みたいな状況が、「裏ドラは当然、赤ドラはダメ」ってな認識に結びついてしまったのだろうと思われる。 あまりにリーチの価値が高まってしまった結果が、赤の排斥を引き起こした、と考えるのはヒガミだろうか。

な~んてこと言っても、巷のフリー雀荘では赤はもう大はやり。 中には赤を役として認めている(シバリの一飜を満たす)ルールだってあるし、赤どころか青ドラなんてのも出てきた。 いやいや、嬉しい限りだ。
裏ドラが乗ることなんてほとんどない中年になってしまったアタキは叫び続ける。
もっと、赤を!

アタキがよく顔を出す、ナシナシの地下雀荘Uでは下の手牌は役満である。

赤三筒四筒赤五筒赤伍萬白白赤白 チイ四索横赤三索赤五索 ポン三萬赤三萬横三萬 ロン伍萬

このクラブで採用されている赤牌七種をすべて使いきっているからなのだが、こんなルールにして、もう二年以上経つけど、まだ誰も完成していない。