麻雀打ちの頁/雀のお宿

チョンボに対する妥当な罰則の程度を考えてみる。チョンボにも色々とあるが、その過失がゲームに及ぼす影響によって罰則の大きさを決定することの正当性を検証。

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チョンボ罰の極み

チョンボには厳しく対処せよ

たまにチョンボする。
年に一、二回はやってる。 以前はもっと多かったけど、これ以下にはアタキの場合、減りそうにない。
なあに、チョンボだって一つの麻雀文化。 罰符さえ払ってしまえば何の問題もない。 チョンボのない麻雀なんて、ちっとも面白くないし、なんだか味気ない、…こともないカモ。
チョンボのことじゃなくって、それに対する罰則の話。

初めてのチョンボが振り聴ロンだったかノー聴ロンだったかは忘れたけど最後のはよく覚えてる(最後の、ったって、これで最後ってわけじゃない。わざわざことわるまでもないってか)。
つい最近のこと。

一筒一筒二筒二筒三筒六萬六萬八萬八萬八萬發發發 ツモ三萬 (ドラ九萬

親の先制リーチにビシバシ無筋の牌でツッパってたこの状態で、こともあろうに八萬をカンしてしまったのだ(八萬はドラ表示牌だゼ)。
親の聴牌形は、三萬三萬三萬四萬伍萬九萬九萬の三門張で、最低でも 7700点。

アタキは 8000 点を払ったけど、さすがに親は釈然としない。 でも、そういう規則なのでしかたない。 罰符を出したアタキも、親の気持ちを考えるとチト反省。
ホントかよー>自分。

チョンボにもいろいろある。
ちょっとしたミスや戦略的な意味で間違った場合にもチョンボと呼ぶこともある。 だけど、今回は規則違反について、そう立派なチョンボについてだぁ、だぁ、だぁ。

まずは、少牌と多牌。 どこが「立派なチョンボ」なんだ(笑)。
だけど何故「少牌は和了り放棄で、多牌はチョンボ」なんだろ?

  • 十三枚目の配牌(親ならチョンチョン)をツモってこなかった。
  • 槓をやって、嶺上牌をツモらずに捨牌した。
  • ツモる前に捨牌して、ツモった後にもう一度捨てた。
  • チイやポンを解消した後に、捨てた牌を拾わなかった。
  • いっぺんに二枚の牌を捨てた。

みたいな状況の時に少牌が発生する。
中には明らかなルール違反があるけど どれも全員が普通に順序よく摸打していれば起きるのは稀だ。

  • 第一ツモを二回やった。
  • 槓をやって、嶺上牌をツモって捨牌しなかった。
  • 先ヅモしてるのを忘れて、もう一回ツモった。
  • チイやポンをして捨牌しなかった。
  • いっぺんに二枚の牌をツモった。

みたいだと多牌になる。
こちらも他の三人が注意していれば、めったに起きることじゃない。
「多牌は他人に迷惑がかかるけど少牌はそうでないので和了り放棄で許す」という意見があるけど、実状はチト違う。 少牌も多牌も迷惑なのは同じこと。 多牌は、少牌よりも簡単に和了りに向かうイカサマが可能なので『即チョン』なんだ。
こっそりと解消することだって、少牌に比べると多牌は容易だし、何といっても通常より一枚よけいに牌を持って手牌を進めるのはメチャ有利なんだ。 だからチョンボ。
だけどね、個人的には、少牌だってチョンボでもいいだろう、て思う。 だいたい『和了り放棄』なんて中途半端じゃないか。

『和了り放棄』が中途半端な取り決めだ、と考えてるのはアタキだけじゃない。
和了り放棄が摘要されて以降は、『和了り』以外にも『副露』も『立直』も『聴牌』も放棄しなくちゃいけないのが普通なのだけど(つまり、あらゆるアクションが禁止なわけだけど)そんなことを明文化するのは鬱陶しいしいつだってモメ事の発端になるのはややこしい取り決めなんだから、いっそのこと全部チョンボ。
たぶん、何の問題もない、...たぶん。

誤副露は即チョン」という嬉しいフリー雀荘を発見した。
[街荘]に登場する西新のK荘だ。
空ポンや空チイがチョンボなのではなく、あくまで誤副露、面子のさらし間違いがチョンボなのだ。 他の罰則は一般的なのと比べてこの場合だけが特に重いのはどうしてだろう。
理由は『副露』というアクションが一発役を殺すからなのだ。
一般に一発という役はオプション付きなので、かなり高価値なものだ。 そしてこのK荘の一発オプションは、点数にすると役満に相当する程、高いのだ(笑)。 そんな大事な一発を嘘の副露で故意に無駄にする行為にはチョンボを摘要、というわけ。 このルールはやってて、かなり気持ちイイ。
他の雀荘と比べて副露間違いが発生する頻度が少ないとは言えないけど、誰もがスッと罰符を支払うマナーはなかなかなものだ。

おっとK荘でもうひとつ思い出した(なんで[街荘]アップする時に思い出さんかなぁ)。
『ノーテン立直』に関する罰則だ。
ノーテンで立直するのは勿論、違反なのだけど、それが流局時に初めて判明した場合にはナント役満払い!というものだ。 だけど、立直をかけて数巡以内に、ノーテン立直であることを自分で表明した場合には流局時に満貫を支払えばイイ、という変則。 黙ってて、他の誰かが和了れば知らんぷりだけど、もし流局だと役満払い。 かなりリスキーな選択だけど、アタキの見る限り、誰もが先に表明してるようだ。
ノーテン立直なんてーのは、ついうっかりの産物で、素直に認めれば普通のチョンボでかまわないけどもし故意に戦略として使用したのならより重い罰を課すわけだ。 これはこれで、気持ちイイ。

さて、本題。相変わらず前置きが長い。すまん。
チョンボって、そもそも何だろ。
誤ロンや誤ツモなどいわゆる『錯和』と呼ばれる和了りだけでなく、故意に他人の和了りを防ぐために犯された規則違反も立派なチョンボだ。 故意か偶然か、あるいは勘違いかなんて判断は通常できないので、ゲームの健全な続行が困難な状況を招いた違反行為は、一般にすべてチョンボである。
当人のアクションがまったく同じであっても、第三者の行為によってゲームが続行不可能になった場合にだけチョンボとする、というフリー雀荘もある。 例えば、誤ロンがスグに指摘された場合にはゲームは続行するが、別の人間が手牌をオープンした場合にはチョンボ罰となる、というものだ。 手牌をオープンした奴がチョンボなわけじゃなく、誤ロンした奴がチョンボ。 犯された罪(この場合は誤ロン)は同一なのに、チョンボだったりただの和了り放棄だったりするわけだ。
こんなのは納得いかんけど、実はこれにもちゃんとした理由がある。 チョンボで流されちゃたまらん人間を救済するための措置なのだ。

チョンボの本質に迫るのは難しそうだ。
正常でない行為をいくつか挙げてみよう。

  • 開門位置の取り違い。
  • ドラ表示牌のめくり間違い。
  • 別の所からツモってしまう(スカートめくり)。
  • ツモや捨牌の順序を間違える。
  • 見せ牌。
  • 壁牌を崩す。めくる。覗く。
  • 他人の手牌を覗く。倒す。
  • 先ツモ。先切り。
  • あまりに遅すぎる摸打。
  • 無駄口。三味線。
  • 手三味。オーバーアクション。
  • 空ポン。空チイ。空カン。
  • 誤ロン。誤ツモ。
  • ノーテン立直。
  • 河から牌を拾う。
  • 卓以外の場所に牌を隠す。よそから牌を持ってくる。
  • 錯副露。
  • ドボン採用時の立直できないのに立直。
  • 許されていない場合のカラテン立直。
  • 許されていない場合の差しウマ。ニギリ。
  • 許されていない場合の携帯電話。
  • 許される筈がない排泄、読経、催眠術、編み物、...その他。

麻雀に限った話じゃないけど、イケナイ行為のすべてを列挙することは不可能だ。 だから決められたこと以外はしちゃいけないのが普通。

しちゃいけない、ったって、誰にだって間違いはある。
キーパー以外の選手の手にサッカーボールが当ることだってあるし、敵のマンツーマンデフェンスがキツくてバックパスしてしまうバスケット選手もいる。
だからペナルティが設けてあるんだ。
およそどんなゲームであっても、明確なペナルティを設定したとたんに一つの戦術として認められるのは周知の事実。
タッチラインの外にボールを蹴り出すことは相手にスローインというオプションを与えるというペナルティに見合う状況で有効な行為だ。 残り時間が三秒を切った一点差で相手ボールでゲーム再開なら故意にファールするのはバスケの常識だ。 どちらも正当な戦術。 全然、オッケー。
ところが麻雀においては、満貫分の点数を支払えば、戦術として認めても構わないような行為はあるだろうか。
もちろん、ない。
あってはイケナイ、というのが常識ってもんだ。
麻雀のチョンボに対する罰則の満貫支払いというのは、故意に起こされることを想定して決められたものではないのだ。
ところが世の中には、満貫分の点数を支払えば何をしてもよい、と考える打ち手がいるかもしれない。 状況によっては、チョンボが有利に働く局面だって実際にはあるのだ。
だけど、故意に起こされたのかそうでないのかは第三者には判断できない以上、悪意に満ちた打ち手に対しても同様の罰則を適用するしかないようにも思える。

満貫なんてヌルい、というのがアタキの結論だ。
ゲームの続行を困難にしたチョンボに対しては最低でも満貫、誰かが高め満貫以上の手を聴牌している場合にはその点数を支払うという罰則がイイと思う。 リーチがかかった巡目でのチョンボならば、一発オプションも罰則に含めてしまうのだ。
これで故意のチョンボは完全に防げるだろう。

故意のチョンボを防ぐためだけじゃない。
故意のチョンボなんて起こるのは稀だし、そんな奴はスグに誰にも相手してもらえなくなる筈だから、実際の所ドーデモイイ。
チョンボ罰の満貫という点数は、本来は回復不可能な、例えば役満に相当する程の点数ではなかったのかという気がするのだ(自信はナイけど)。 現行の一発/裏ドラありのルールならば、満貫なんてスグにできちまう点数だ。
だから、より厳しく、というスタンス。

ついついミスを犯すことが多い初心者や善意の打ち手に対して厳しすぎないか、という反論はありそうだ。 何を隠そう(隠してるわけじゃないが)アタキは『麻雀打ち性善説』を信奉している(笑)。 だけど、規則は別モノ。 よりシンプルであれ、そしてチョンボに対しては厳しくあれ。
厳しいからこそ慎重にもなるだろうし真剣さも増すだろうしコクってもんが味わえそうな気もする。
そして、うっかりチョンボを犯した打ち手も、ナーバスにならずに気持ちよく罰符を支払ってほしいもんだ。 誰にでも間違いはあることだし、そのちょっとした間違いに対する罰則がたまたま点数なだけのことで、うん、つまり何だ、麻雀を麻雀たらしめているのは、誰かの和了りや振り込みなんかではなくて、四人全員がシンプルな取り決めを守りながら、協力し合って局を進行していくことにあるわけで、そのぅ、うまく言葉にできないけれど、チョンボ罰は厳しい方がイイ、絶対イイ。

…う~みゅ、本当は、チョンボはそんなに恥ずかしいことじゃない、ってことを言うつもりだったのに、なんだか変な結論になっちまった。
とてもイケナイことだけど、起こっても構わない、起こるのが麻雀なんだ、って感じ、ワカってもらえねぇよなぁ、上の内容じゃ…。