麻雀打ちの頁/雀のお宿

雀荘における様々な音、主に騒音対策に関する考察。そもそも麻雀というゲームは騒々しいものなので、できる限り静かな環境で行わなければならない。そもそも騒音とは何か、その何が問題か。

公開

雀荘の騒音

何が騒音であるのか、何が騒音でないのか

騒音とは、好ましからざる種類の音の総称であり、つまりはウルサイと感じる類いの音だ。
ウルサイ、とは主観的な問題であり、例えばBGMで流れている有線の音楽をそう感じる打ち手もいるだろうし、メンバーの「お食事の御ついではありませんか」という声をそう感じる打ち手もいるだろう。同じ音であっても人によっては騒音であったりなかったり、また同じ人にとっても状況によっては騒音であったりなかったり、というのは当然考えられるわけで、騒音対策とは言っても単純にあらゆる音を無くしてしまえば済むというものではない。また、こんなことは実現不可能なことだ。

元来、麻雀はウルサイものだ。
進行の基本である「発声」、洗牌する音(今では自動卓が牌をセットするために発する音)、ラス半コール、お代わりの注文などは欠かせない音だ。パチンコホールほどではないにせよ、アタキ達愛好者は長年ずっとウルサイ環境の中で多くの時間を過ごしてきたし、これからもそうだろう。そして、かなり騒音に慣れてしまった事実もある。これは生物学的な見地での一種の適応であり、進化(退化?)と呼べるかもしれない。
環境に適応するためにアタキ達が慣れたウルサさとは何だろう。そしてそれらの騒音の中でも、本当に必要な騒音と不要な騒音があるのではないか。必要な騒音というものがあるとすれば、それを回避するための策がないだろうか。少なくとも騒音と感じずに済む方法を模索することはそれなりに意味のあることだろう。

騒音の発生源は常に自分以外である。
他人が発する音の一部をウルサイと感じるようになっており、自分がトリガーになったあらゆる種類の音をウルサイと認識することはかなり稀だ(全く無いわけではない)。
オートバイのエンジン音にしても携帯の呼び出しベルにしてもトイレの水を流す音にしてもすべて他者が出した音だけがウルサイのだ。ところが携帯の呼び出しは、自分にかかってきたモノ(これも他者が発しているのだが)は、対面にかかってきたモノ程はウルサくはない。もし自分にかかってきた呼び出し音をウルサイと感じてしまうような状況であれば、その電源を切ることで簡単に対処できてしまう。ここで騒音の定義にはもう一つの要素が加わることが明らかになった。それは、自分に対して喚起を促されていない種類の音、という要素だ。
他人が他人に対して向けた音が、たまたま自分の耳に入ってきた場合に、その音は初めて騒音となりうる、と言える。
更に言えば、自分に向けられた音であっても、自分がその注意を望まない類いの音であれば(つまり、応対したくない相手からの電話の呼び出し等)これも立派な騒音であろう。
以上の定義からすると「ポン」「チィ」「カン」「リーチ」「ロン」などの他者の発声は騒音とはいえない。なぜなら、これらの他人が発する音は自分に向けられた音だからだ。
ところが、隣の卓の人間の発声は間違いなく騒音である。だから、アタキ達マナーを重んずる麻雀打ちは隣の卓に聞こえないような発声を心掛けなければいけない。

意味と目的が同じ音であっても騒音だと感じる場合とそうでない場合とがある。一般的に、「高い音」「大きな音」はウルサイと感じる度合いが大きい。
だから、アタキ達マナーを重んずる麻雀打ちは、カン高い声での「リーチィー」や、必要以上に大きな声で「ロンッ!」というのも避けるべきだ。
連続的な断続音も耳障りの要因となりうるので「ロン、ロン、ロンロンロン~!」なんて言うのももってのほかだろう。

肉声でなく、卓から発せられる音がいくつかある。
まずは洗牌の音。今時、手まぜなんて少ないだろうから、これは自動卓が牌をセットする時の音だと考えてもらいたいが、この件は柿沼マツオカに任せるしかないだろう。
きっと改良もされているのだろうが、やめて頂きたいのは、点棒を乗せると勝手に「ピンポ~ン、リーチッ」という機械音声だ。だいたい、点棒を出した後に立直宣言する、という手順が根本的に間違っているし、リーチだけを特別扱いしているのも気にいらない。リーチと同様に「ポン」や「カン」も言ってくれるようにならないと、今だに黙って他人の捨牌に手を伸ばして、一体何が起こったのかこちらが不思議に思っているとおもむろに「チィ」なんてボソッと言う奴がいて、おまけにそんな奴に限って、そうするのがカッコイイと勘違いしてたりするのだ。おいおい、アンタ、カッコ悪いって。
あんたが、チィなら、アタキはポンするぞって(笑)。

牌を卓に叩き付けるのが良くないのは、今では常識となってしまった。
バシッと気持ちイイ牌の捨て方というのも実際にはあるのだけれど、少しタイミングがずれると「パッシキ~ン」というかなりな高音が出てしまう。Vシネマの「雀鬼」シリーズでの清水健太郎の牌の叩き付け方は、あれはどちらかというと悪い見本だ。雀鬼の牌技指導が徹底していなかったのか、それとも映画なのであんなので構わないと思ったかのどちらかだ。
騒音対策という観点からは、「ふにゃ」という感じの力の入っていない捨て方がベストだ。

小手返しというテクニックがある。
これは音も立てずにやってしまうのが超カッコイイのだが、一枚しか飛ばせない奴に限って大きなガチャガチャという音をたてる。一枚や二枚で小手返しなんてやめなさい。 小島武夫は今でも音を立てずに四枚も飛ばしてしまうが、あれくらいになってやりなさい。
ヒドイ奴は小手返しじゃなくて、ただ手持ち無沙汰に右の二枚を入れ替えてガチャガチャしてたりするが、あれこそ本当の意味での騒音だろう。何の意味もなく、ただ、音だけが卓上に漂っている。

騒音を騒音でなくすために、別の音を付け加えるという技術的手法がある。
例えば店内のBGMは(一つの騒音とも言えるのだが)、あれには音楽を聞かせるだけでなく、別の騒音を消す効果があるのだ。騒音に騒音を加えて、騒音でなくすという発想はアタキ的に素敵なのだ。
例えば、煙草に火を付ける時にライターのカチッという騒音が出るが、それを自分が牌を捨てるのと全く同じタイミングでやってしまうのはどうだろう。試してみる価値はあろう。
同様に流局時に牌を落とし込む際にだけ「アリアリ、ホット~」や「タバコ、ポン!」というような注文をやる、という取り決めはどうだろう。騒音が騒音でなくなるとは思えないが、二度起こる筈だった騒音が一度でスミソニアン博物館。

アタキ達愛好者だけでなく、クラブ側も騒音対策にはもっと真剣になってもいい時期にきた。
クラブとしてやれる事は大変多く、しかも効果はかなり大きい筈だ。施設的な面での改良と接客サービス面での改良が考えられる。
前者としては、店内を完全防音壁にする/各卓の間に防音ついたてを取り付ける/サービスコールを(声でなく)機械的な信号によって行わせる/中山美穂のCDをBGMとして流し続ける/ヘッドフォンとマイクを客全員に用意する/座ったまま用を足せるような便器付きの椅子に取り替える(トイレに立つ際の音が無くせる)/食事の容器を金属製をなくし、プラスチック製か木製にする/自動卓をコンピュータ制御にして、牌や点棒をデジタル化してしまう/客に麻雀をさせない、などの多くの手段がある。
後者は具体的にいうと「お食事の注文はありませんかぁ~」などのサービス強要発声と「三卓南入しました、後半戦皆さんガンバッてください」なんかの景気付け発声なのだが、どちらもただ無くせばイイというような単純な問題ではない。というのは騒音とはいえ、これらはもしかすると必要な騒音に相当するものである可能性が高いからだ。
敢えて改良案を探すとしたら、出前の最終注文の時間にはコックや料理人のコスプレをしたメンバーが店内をウロウロするとか、景気付けする時には牌の絵柄が自動的に全部赤くなって赤ドラだけの局面になるとか、そんなものだろう。決してできないこととは思えないが、あんまり現実的ではない(なんだか前の案が現実的だと言ってるみたいだ)。 少なくとも過剰なオアイソ的な応対(おタバコ代金頂きました、ありがとうございます)は不要であろう。ありがとうございます、の一言で構わないし、可愛いホール担当の女性であれば笑顔だけでも充分だし、ウインク付きなら申し分ない。
言葉でなく、心が重要なのだ。相手の気持ちを読み取りそれに対応することは、麻雀というゲームの基本なのだ。

一般的な騒音という意味でなく、もっと主観に根ざした騒音にはどう対処すべきだろう。
主観に根ざした騒音とは、オーラスで連荘すればトップをまくれそうな局面でのトップ者からの早い巡目での「リーチ!」という声のことだ。これはかなりイヤな音だ。同じ音であっても状況やその時の気分で、騒音と感じたりそうでなかったりする類いの音の、騒音と感じる場合の対処のことである。
これらの騒音をなくすには、そのような状況になったら全ての音を遮断すべく、耳栓でもするしかないような気がする。しかし、本当の問題は『音』そのものでなく、その音の意味する現実、事柄、状態なのだ。だから騒音を回避したとしても、それ以上に問題である具体的障害から逃れることはできないわけで、この場合の騒音対策にはあまり意味がないように思える。
耳栓を用意する/揺れない心を養っておく/そんな状況にはならないようにしておく等が考えられる。

アタキは普通に生活しているが、かなり耳の機能が弱い。
他人に聞こえるような音が聞こえない、あるいは雑音にしか聞こえないということがあるが、こと麻雀をやっている時に困ったことはあまりない。だけど、小さな声でしか発声してくれない人とやるのは苦手で、フリーでも遠慮することがあるのは、彼の声が小さいだけでなく、騒音によって彼の声が消されてしまうことがイヤだからだ。
アタキよりももっと耳の機能が弱い何人かの友人にとっては、「発声」に変わるシステムの必要性こそ論じる価値のあるものなのだが、それはまた次の機会に。おチャラケせずに。