麻雀打ちの頁/雀のお宿

ある雀荘で起こった事件とその事件に対処するためにとった行動について。それは、メンバーの接客ミスに端を発した。そして雀荘コンサルタントはこう対処した。

公開

「窓」での問診

雀荘コンサルタントが存在しうるとしたら…

いくつものクラブに顔を出していろんな相談事にのるようになったからといって、アタキの肩書きが雀荘コンサルタントなわけではないし、第一、金銭的な報酬を受け取ったことなど一度もない。
相談を持ちかける方にしたって、アタキに何がしかの権威を期待している筈もなく、ただ昔から長い間、多くのクラブを観察してきただろうということと、ちょっとしたトラブルが発生した時にたまたま居合わせた場面でうまい解決を提示できたか、あるいはその解決に少しだけ助力できた可能性がある、というような些細であやふやな記憶と、その場の雰囲気みたいなモノでただの客の一人に過ぎないアタキに対して、他の客とは違う応対をしてくれることはよくあって、そしてアタキ自身もそういう応対が心地悪いものではなく、したり顔でいっぱしの事情通めかして、相談に乗ってしまうわけで、表稼業でもそれなりのコンサルタント業務で糧を得ている身としてはあまり誉められた立場ではないけれど、限られた時間しか一軒のクラブに割けないアタキがどこの雀荘でも常連ぶった顔をしていられるのは、そんな理由からだ。

のオッサンが大きな声で店に入ってきた。 ママがあからさまにイヤな顔をした。
は、このクラブの三軒隣りの建物にあり、最近閉店したばかりの丼物専門の食堂で、ここのオッサンは料理長兼オーナー兼土地と建物の所有者でもあり、正月の麻雀大会では酔っぱらってどうでもイイ質問ばかりを繰り返しており、アタキが優勝できなかったのは、このオッサンと同卓についた他の人間の成績が飛び抜けていたせいで、はっきり言ってこのオッサンは嫌いだ。
のママは「はい、聞いてますけどネ、そりゃぁ従業員の問題でしょ」軽くかわそうとしたが、オッサンは食ってかかるように叫んだ。
「なーにが、アンタはこの店の責任者じゃないのか!」
はいはい、事情はわからんけれどもアタキの出番だ。

発端は前日の夜中だったらしい。
オッサンが負けが込んで、アウトを店に要求した際に、その時にいたマネージャーの日高が「これで最後ですからね」と念を押すような言い方で立て替えをしたらしい。
そしてその日高の言い方にオッサンはカチンときて、押し問答になり、挙げ句の果ては悪態を付いて麻雀をやめて出て行った。
マネージャーの日高はそれまで、別の客に何万円も廻していたにも関わらず、オッサンの最初のアウトに対して明らかにイヤな態度を見せたわけで、多分、言い方というか日高の物腰も店が取るべき態度ではなかったろうことは容易に想像が付くがこんなことは全然、問題にならない。
日高よりも、勝手に腹を立てたオッサンの方に大きな非があることは明らかだ。
店が何を言おうと、それを仕切っているのは店側なのだから、客はそれに文句を言うべきではない。
クラブは至る所にあるわけで、そんな数多くのクラブの中からこのを選択して遊びにきているのはオッサンの勝手なわけで、文句があるなら二度と顔を出さなければイイのだ。サービス業の店側が客を選ぶ自由よりも、オッサンが店を選ぶ自由の方がずっと大きいのだから。

こんなに簡単な問題なのに事がこじれてしまったのにはいくつかの理由がある。
まず、日高の普段の接客態度だ。
アタキがこのクラブに出入りするようになった数年前から日高はいたのだが、従業員の中では第三番目の地位にあった。
年令は一番上だったのだが、客あしらいのマズさ、麻雀のヘボさ、メンバーとしての頭の悪さ等のせいだが、それでも上にマネージャーやチーフがいたのでそんなに不都合はなかった。
ところがこの一年の間に、上の二人が相次いで店を辞め、新しく入った何人かのメンバーもうまく育たない状況が続き、ママとしても半分くらいは仕方なく、日高にマネージャー業務を押し付ける形になってしまった。

立場が人を育てる、というのは真理だとは思うが、それでもいくらかの努力や才能や向き不向きみたいなモノはどんな職業にも必要なもので、こと日高はメンバーとしてのそういった資質に欠ける部分があるのかもしれない。
そんな人間が一時的にでもクラブのトップの地位にあるせいで、問題が発生するのは避けようのないことだ。
マネージャーになってからの日高は、何を勘違いしたのか、平気でアタキの携帯に電話を架けてくるようになった。「今晩はウチにいらっしゃいませんかぁ?」
何だとぉ、行く時には行くぞ、そんなくだらん事のためにアタキに電話してくるんじゃネエ、お前とアタキは友達でも何でもないぞ、自分を何様だと思ってんだ、軽々しく電話なんかしてくるんじゃネエ!
流石に一度、ヤカマシく怒ってからは電話してこなくなったが、マネージャーという肩書きが付いたから偉くなったと勘違いしてしまい、つまりはそんな情けない奴だ。
アタキは見かけと違って(笑)、普段は誰にでも愛想よくしている方なのだが、嫌いなタイプの人間というのは勿論いて、それはあまり麻雀が好きでない人達のことで、麻雀が好きでないというのはどういう意味かというと、かなり定義が難しいのだがつまり自分なりの確固たる考えを持っている人や、他の三人の目を気にしない人などはアタキの定義では麻雀をそんなに好きではない人、ということになる。
ん~、うまく説明できないけれど、要はヘボなくせに他人の迷惑を顧みない奴が嫌いなのだ。
逆にある程度、麻雀が強い人間であれば、自分なりの信念なんて持ち合わせているわけはないので、これは尊敬できる人物なわけで、ん~、やっぱりうまく説明できないけれど、雀鬼にしても雀聖にしてもムツゴロウ先生にしても相手を無視してまで自らの信念を押し付けない姿勢があり、彼等はあんなに強いのにいつまでもどこまでも悩み、考え、変化していく状態にあって、こんな事言ってもワカラン人間にはワカランことだろう。

日高の接客態度以外にも問題はある。
このクラブでは、誰もが平気でアウトできる雰囲気が充満しているのだが、それでも無制限なわけはなく、常にゲーム代のあがり具合や、客一人一人の来店状況とのバランスの上でアバウトな上限があり、それは第三者の立場では明確にできるものではなく、店側としてはかなりな大局観を必要とされる感覚なわけで、言うまでもなく、マネージャーの日高がこんなものを持ち合わせている筈はないのだが、ママもオーナーも居合わせていない真夜中であれば、日高の判断に委ねられるしかなく、普通ならば客の自らの判断で何とかなりそうなものだけれど、実はこののオッサンもかなり変わった人間であり、いわゆる偏屈なタイプであることも不幸の原因だ。
オッサンはよくこのに顔を出すにも関わらず、時々、駐車場がうるさいと言って店に文句を言いにくるような奴だ。
勿論、自分が打っていない時の話だ。
以前にはあまりにうるさいという理由で、警察に夜間に営業しているぞ、というタレ込みまでやったことがあるらしい。
警察としても連絡があればほうっておくわけにもいかず、事情聴取に来て、その後一か月の間、は深夜営業を止めていたらしい。
自分が遊んでいるクラブ、それも三軒隣の店をチンコロするなんて信じられない話だが実際にそんな奴なのだからすごいことだ。 更にすごいのは、そんな経緯があったにも関わらず未だに平気でクラブに出入りしているそのずうずうしさ、また出入りを許している店側の応対、うん、とんでもない。
何故、あんな奴を出入りさせているのかとママに聞いたら、麻雀させないとまた電話するぞ、と脅されたらしい。
違法で営業している、という弱味もあるし、近所に住んでいる人なのでヤヤコシイ関係にはなりたくないというのだが、実はそんなママの態度にも問題はあるのは言うまでもない。
そんな奴は出入り禁止、警察への対応は別問題として考える、といった毅然とした姿勢が必要なのだ。

ママは日高を責め始めた。
「なんで、たかだか×××くらいで、そんな言い方したの?」
「他の人にはあれだけ廻してのおいちゃんが怒るのも当然じゃない?」
「レジにはこれだけあったんだから、それに近所の人なんだから…」
百貫さん、と声をかけられて初めてアタキは口を挟んだ。

いや、日高さんの応対の問題は別にして、オッサンの方がオカシイ。
アウトを頼んだ人間が、怒鳴り込むなんて言語同断。
オッサンが今度アウトを頼んだら「あなたには廻せません」とはっきり言うべき。
理由は胸に手をあてて考えろ、だけでいい。
いっそ、出禁にすべきだ。
あいつがいなけりゃアタキが優勝してたんだ、そんなことは言ってないけど、この場は日高を擁護する形になった。
「そうは言ってもね、百貫さん、のおいちゃんの気持ちになったら…」
違う、違うんだ、ママ。 オッサンは客として最低限、これだけはやってはイケナイということをやってしまった人間なんだ。
そして何の反省もしていない。
今回の問題が起こらなくても、オッサンは必ず、別の問題をひき起こす人間なんだから、あいつを他の客と同じように扱う必要はないんだ。
オッサンの気持ちなんて考えちゃいけないんだ。 日高がマネージャーとして面倒を抱えたくないと考えてるんだったら、日高なりにオッサンの気持ちを考えても構わないけれど、店の責任者としてのママがそれを言うと、オッサンはますますツケアガッてしまう。
勿論、日高にも問題はあるし、それはそれとしてよく教えてやらなきゃいけないけれどそれはもっと別の問題なんだよ、ママ。

オーナー(ママのご主人)は黙ってアタキの言うことを聞いていたが、やがて「わかった、百貫さん、この話はもうイイよ、の件は置いとこう」
「しかし、マネージャーとしてこんな事くらい日高には一人で対処して貰わなくちゃいけない。 どういう対応がベストだったんだろうか、教えてくれないか」オーナーは麻雀クラブの経営だけでなく、昼間はアタキの表稼業と同業種のデザイン事務所の社長さんでもあるのだ。
オッサンや日高よりもずっと賢く、ママよりも人の扱いがうまく、しかも麻雀が強いので尊敬できる人なのだ。
アタキは考えた。
そして二種類の貼り紙がの壁に張られることになった。

一番目の貼り紙は簡単だ。

今後、貸し金は一切、お断りします。 …店主

こんな紙一枚で何が変わるわけでもなく、店としてはアウトを出さなければ卓が潰れてしまう状況であれば、出さないわけにもいかないだろうが、少なくとも、これまでみたいに大っぴらなやり取りがなされることはないだろう。
客がこそっとアウトをカウンターまで頼みにくるようになるだけでも、この時点での上下関係が明確にできるので、オッサンみたいな勘違いは回避できる筈だ。

二番目の貼り紙はかなり長ったらしいものになった。

フリー卓で遊ばれるお客様へ

世の中には多くの麻雀荘があります。
その中から、当倶楽部『窓』を選んで頂き誠に有り難う御座居ます。
当倶楽部では皆様の御期待に添えるよう、従業員一同、一層の努力精進に勤め多くのお客様に満足して頂ける店作りに励心していく所存です。

より多くのお客様に少しでも楽しんで麻雀をして頂く為に次のルールを遵守して下さいます様、お願い致します。
 ・未成年、泥酔者、暴力団関係の方の出入りを一切禁止します。
 ・大声、罵声、強い打牌、他人の摸打の非難を一切禁止します。
 ・卓内/卓外を問わず、全てのトラブルは従業員の裁定に従って頂きます。
及び、従業員の言質への批判、非難、不服従の一切を禁止します。
以上のルールに対して御不満/御異見が御座居ましたら、どうぞ他店で麻雀を楽しんで下さいます様、心よりお願い致します。
麻雀荘は当倶楽部だけではありません。多くの麻雀荘が至る所に御座居ます。
他店での麻雀の方がより楽しい事も有りますでしょうし、当倶楽部は本日以降、当倶楽部のルールに賛同されるお客様だけの為の倶楽部に生まれ変わります。

以上、重ねて宜しくお願い致します。 …店主

本当の問題はこんなことじゃ解決できないことは言うまでもない。
本当の問題、というのは何だろう?
貼り紙に書いたようなことは当たり前のことなのに、何故、こんなことを書かなきゃいけない羽目になったのだろう? 何故、マネージャーが上手な対応ができないのだろう? まともな接客ができない人間がマネージャーなのは何故だろう? どうして、従業員が居着かないのだろう?
アタキなりの解答はあったりするのだが、やっぱ商売じゃないので、これ以上の労力を払うことはできないのだ。